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ALOHAMAN IN ETERNAL SUMMER
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第64話
魔王の影
〜踏まれてすみません〜

1989年6月10日放映


「ゴミが逃げたぞーっ!!
 サイレン鳴り響き、サーチライトのとびかうゴミ処理施設。その中を脱兎の如く疾走する一つの黒い影。そう…影の名はブラック。
(…何故!?どうして俺はこんな目にあっているのだ!?
 迷走の果てに地下下水道に逃げ込み、追っ手をまいて奥へ奥へと逃げ込むうちに、底無しの迷路に迷い込んでしまった。
(あの後、そう、カノンに撃たれて気を失った俺は…)
 ライターのわずかな光に頼ってやみくもに進むうちに、完全に自分の位置を見失なった。
(ゴミ収集車に回収された…畜生、俺はゴミか! …ゴミか?そう見えたのか?)
 もうどこをどう行ったらいいか皆目見当がつかない。
(何故、俺は…)だが、それでも前へ進むしかなかった。

 ライターのガスが切れてから、もう何日が過ぎたのだろう。…それとも数時間しか経っていないのだろうか?生まれてこの方ずっとこうしていたような気もする。
 …そういえばいつからだろうか、何時の間にか俺は鍾乳洞に迷い込んでいた。もちろん辺りは相変わらず漆黒の闇。だが時折流れているきれいな水と、岩肌の苔が辛うじて命をつなぎ止めてくれた。
 視覚を奪われたせいで、他の感覚が以前より鋭くなったが、同時に幻を見るようになった。現実と幻の区別がもはやつかなかった。幻を振り払おうと何度も岩肌に頭を打ち付けた。いっそ完全に狂ってしまえたらと何度も願った。心も、体も、完全に闇に呑まれてしまった…

 …どこだろう、ここは…。…それまでとは明らかに異質な、ドーム状の人工的な部屋。夢…?中央に横たわる人工物〜カプセルだろうか〜がかすかな光を発している。…まだ、・・・・・生きているのだ。
 恐る恐る近付き、触れると、光が何か変化を示した。そして突然蓋が開き、中から冷気がこぼれだした。
「……!」ブラックは思わず息を飲んだ。
 開いたカプセルの中には、妙齢の美しい女性が横たわっていた。雪のように白い肌に、純白のドレスをまとっている。こんなに綺麗なものは今まで見たことがない。それに引き替え…
「…ああ…何だよ…」闇と、汚濁と、煩悩にまみれ、身心共に黒ずみきった己の姿。キャノピーに映る、黒い人間。
「俺…・・・・・・黒いじゃんか!!」いいしれぬ憧れと絶望に身をよじり、血の涙を流して嗚咽するブラック。もしも切なさで人が死に到るとしたら、いま彼は間違いなく死んだだろう。あんなにも求めていた筈の光を目の前にしながら、彼はその中に出ていくことが出来なかった。出ていけない自分に、気付いてしまった。彼は闇に隠れる様に部屋の隅で膝を抱えた。震えと涙が止まらなかった。
 カエリタイヨ…カエリタイヨ…
 その時だった。「何故泣いているの?」彼の傍らで声がした。久しぶりに聞いた人の声は、とても懐かしくて、暖かくて、穏やかで…彼の凍てついた心にやさしく触れた。ゆっくりと振り返るブラック。
 そこには目を覚ました『彼女』がいた…

 二人は鍾乳洞の中で生活を始めた。
 彼女は『智美』という名前以外、記憶をなくしていた。それもあって智美はブラックの助けを必要としていた。自分には手の届かない筈の光が今、自分を必要としてくれている。全幅の信頼が心地いい。冬の日溜りの様に、はかないけれど温かくて安らな気持ちが彼を包んだ。彼女を養う事で、自分は居てもいいと思えた。
 カノンに撃たれて希薄になった存在意義。暗闇を永く彷徨ううちに脆弱になった自我境界。自分の中の、未だ拭い切れない『暗闇』の存在…。
 そんな彼にとって『智美』は救いだった。
 閉じた小さな世界だがブラックにとっては必要と十分を満たしていた。
 生活はすこぶる快適だった。智美は優しく穏やかな人で、言動に多少ズレた所はあったが、頭の良さと器用さを活かして生活を豊かにしてくれた。特に食事はなんでも上手く料理してくれた。ブラックは洞窟に棲む虫・魚・蝙蝠、それにコケなどを採ってきては「見てよ!こんなに沢山取ってきたよ!」と子供のようにはしゃいだものだ。
 ある時捕まえてきたアルビノのサンショウウオを、智美はたいそう気に入り、可愛がった。
「ホワちゃんて名前にしたの。白くてホワホワしてるから!」
 驚くべき事にブラックはこの生活の中で一度もやらしい言動をしていない。多分、この微妙な関係が壊れるのが恐かったのだ。ある時彼は外への出口を見付けたが、何もせずに戻ったきり智美には知らせなかった。
 暗闇は二人の王国だった。この楽園がいつまでも続くと思った。
        *              *
 いま、魚光アパート203号室ではマグワイヤー史上最高の怪人が産声を上げていた。
「この怪人は他の能力を全て切り捨てて、ひとつの目的だけを200%追求した、いわばプロフェッショナルです」
「うむ…でかしたぞハッシー!」
 彼らは勝利の確信を抱いて、久しぶりに水戸の街へと出撃した。

 同じ頃、隣の部屋では長官が産声…もとい、ときの声を上げ、原とブルーに出動を促した。
 二人が到着してみたそこでは、交差点一帯が大渋滞になっていた。
 その中心では、奇天烈な格好の男女二人が事もあろうにSM行為を働いていた。
「おおうっ…これはッ!!?
 弾けるムチ、飛び散る汗、天をもつんざく男の悲鳴!
 ドギマギしてつい周りに目をやると、辺りがビジネス街のせいか目を伏せたOLがそそくさと通りすぎたり、外回りのサラリーマンが「へえ…」と腕組みして見ていたり。はたまた行き遅れのキャリアウーマンが顔を手でおおって「アラ、アララ!」とか言いながら指の隙間から見ていたりした。
 さらに、そこではビラまで配られていた。これはショーなのだった!「ショーなのにショーもないとはこれ如何に…」
 なにげに一句詠む原を尻目に
「貴様等が今週の怪人だな、覚悟しろ!」と啖呵を切るブルー。
 するとムチ打たれていた男が立ち上がっていわく、
「否。わが名はザンベ…『魔王ザンベ』!」
 そんなザンベにすかさず女王さまのムチ攻撃。
「奴隷のくせして一丁前に名乗るなど、生意気なのよッ!クズ犬が!!
 びしいっ、と打たれてアーッと悶える魔王。
「お許しくださいっ、お許しください女王さま〜っ!!
「この女帝マチに許しを乞うなんざ五百年くらい早いのよっ!」
「あっ!ああっ!もうしません!もうしませんから…ああーっ!!
 とか言いながらなおも打たれる快感に身をよじり続けるザンベ。
 見ていたブルーがポツリとつぶやく。「マ王、か…」
 確かに見た所、マグワイヤーの怪人とは勝手が違う。怪しい人には違いないが、三悪も見当らないし…。もう帰ろうぜ、と原を促すブルー。
 ところが原は先程からこの異常な行為を見るにつけ、何やらほんのりと心惹かれるものを感じている…
 いやさ、今やそれはあふれんばかりの羨望に変わっていた!
「ドツきだ…!ここにはドツきがある!!
 …原の心に澱のようにたまった積年の想いが今、音を立てて首をもたげていた。そう…日々原の奏でるギャグとはこれ即ち『ボケ』…他人の反応(ツッコミ)があって初めて完成する類のものである。それはさながら男と女の様に互いに求め合い、形成し合う対極存在。ツッコミのないボケなどクリープのないコーヒーのようなものだ。しかしながら今、あそこには全てが満たされた人生の至福の瞬間が…!!
 矢も盾もたまらず二人の間に飛び込む原!!だが…
「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!!?!?
 …原は悶絶した!彼ほどの男がドツきに耐える事が出来なかった!
 なぜなら…女王が『ボケる前からドツいてきた』からだ!!
「ゴフゥッ…!?」一瞬何が起こったのか分からない原。事は彼の理解の範疇を越えていた。それもその筈…結局・・それはドツきではなく、単なる『シバき』だったのだから!しかし頭で考えるよりも早く彼の体はボケ始めていた…そう!シバかれる前にボケてしまえば、それは結果的にドツきとなる事を体が知っていたのだ!しかしマチのSとて超一流、そう簡単に転化できるほど甘くはない。
 それは獣同志の死闘にも似た、達人たちの息もつかせぬ攻防だった! ひたすら打ち続けるマチ!血を吐きながらも必死にギャグ速度を上げ続ける原!…そして隣でもの欲しそ〜に見守るザンベ!!

 今、目の前では原が己れの血の海の中で痙攣していた。延々一時間に及ぶ死闘の末、やっとギャグのタイミングが合ったという幸福すぎる幻に浸りながら…。何も出来なかったブルー。救急車で運ばれてゆく原。ザンベは一人、ほくそ笑んだ。

 その頃、裏通りではマグワイヤーが食い逃げにしか使えない食い逃げ怪人PROで首尾よく食い逃げに成功していた(本当はこっちが出動先だったのだ)。


 
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