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ALOHAMAN IN ETERNAL SUMMER
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第76話
白き戦士
〜屋根裏のちんぽ者〜

1989年9月2日放映


 ザンベとマチによるSM支配は日々着実に進んでいた。まずは企業が、役所が、そして県議会までもがSM一色に染めあがり、今や茨城県中部一帯は完全にSMモデル地区と化していた。そこを中心として経済活性化を目的としたSM地域振興策が採択され、大SMレジャーランドが来年開園予定で建設開始され、筑波SM実験都市構想が提唱され…つい先日、とうとう条令でSMが県教化されてしまった!
 この圧倒的な状況下で、智美とミミを連れてひたすら身を隠しつつ、『テラ』という何の手がかりもない人物を捜索するのはほとんど不可能にすら近い。だが、今は他に希望がないのだ。三人の疲労はつのる一方だった。
「…昔はよかったなぁ…」
 変装して街角で物陰に潜みながら、テラの捜索をしている原とブルー。裏路地に貼られた自分達の手配書を見て、ぼそりとつぶやく。
「グルザーなんて、俺もう嫌だよ…。これがマグワイヤーなら、ちゃんと勝てたのにさ」
「ああ…そういやそんなのも居たねえ」
 ミミも智美も居ない所では、ついつい本音も泣き言も出てしまう。
「マグワイヤー(あいつら  )はよかったよ…懐かしいなあ、ホント」
「でもお前…今まで何度も肉片になったりしてなかった?」
「う…!!」いきなり急所を突かれ、絶句する原。
「だ、だけど考えてもみろよ!マグワイヤー相手でさえ肉片なんだぞ!?グルザーなんか相手にしてたら、蒸発しちゃってチリひとつ残らないかも…俺はそんなの嫌だぞ!!
「…確か消滅した事もあったよな、お前」 「う…」
 考えれば考える程、原は不死身だった。とはいえ、確かにこのままでは遅かれ早かれネオの二の舞は必至だ。
 …全滅が先か、テラが見つかるのが先か…。
「いっそ、このまま逃…」
 ブルーが禁句を口にしかけた時、ブラックが息急き切って合流してきた。
「この街もダメだな…次へ急ごう!」
 原とブルーがへばる一方で、意外にもブラックだけがまともに活動し続けていた。
 前回の人質事件以来、ブラックの精神は極度に揺らいでいる。その彼をここまで駆り立てているのは、『智美への愛』でもなければ『正義』でもない…他ならぬ『不安』そのものであった。
 既にホワイトに見限られ、原とブルーにまでその有用性を疑問視されてつつある彼の存在を、真っ向から認めてくれているのはもはや智美一人だけなのだ。…こんなにも黒くてどうしようもない自分を、智美だけが今なお必要としていてくれる。なのに自分は智美を守れず危険にさらし、テラを見付ける事も出来ないでいる…
(…こんなんじゃ…智美にまで見捨てられちゃうよ…!!
 それは、ブラックにとって破滅を意味した。その絶え間ない不安から一時でも逃れるためには、しゃにむに頑張り続けるしかなかったのだ。
 だが一週間が過ぎてもテラは依然として見つからず、日に日にふさぎ込みがちになってゆく智美にブラックは気が気ではなかった。
「智美、最近こもりっきりじゃないか!夜もあまり眠れてないみたいだし…大丈夫かよ!?
「パソコンで何か調べてるんだよな…。やっぱ、テラの手がかりかな?」
「…記憶が戻らないんじゃ、父親の存在だけが支えだもんなあ」
「…!!
 突然、・・あの時から漠然と心の中にあった不安が明確な形をとった。
(…もしテラと再会できても、智美は俺を必要としてくれるのか…!?
「…わああああーっ!!」ブラックは恐くなって、反射的に駆け出した。
 どこへ向かうともなく、闇雲に森の中を疾り抜けた。
 ブラックは怯えた…。確かめずにはいられなかった。けど、確かめるのはもっと恐かった。ただ、ただ、一言…気休めでもいい、あの優しい声で「大丈夫よ」と言ってほしかった。 「智美…智美……ッ!!
 テントに戻り、すがるように入口をくぐるブラック。
 …智美は、ノートパソコンを前にして泣いていた。
 画面には、一通のメールがあった。『最愛のわが娘、智美へ…』
「お父さん…!!」とめどなく涙が溢れてくる。
「がんばるよ…私、頑張るよ!!だから…だから…」
 ブラックは無言で踵を返した。
 それは冷徹な…覆しようのない現実だった。
 今、智美を支えているのはテラだ。
 もうブラックなど必要ないのだ。
 体の力が抜け、がくり、と膝をつくブラック。
「誰も…誰も俺なんかいらないんだ…!」
 震えが身体の芯から湧き出てきて止まらなかった。その時だ。
「…どうしたの?黒兄ちゃん」
 通りがかったミミが何気なく尋ねた。だがゆっくりとふりむくブラックの瞳には、信じられないような驚愕と怯えが宿っていた。
「なんで…どうして『黒』なんだ!?
 ミミはきょとんとしながら、澄み切った瞳で答える。
「だってお兄ちゃん、黒いもん」
 言葉を失うブラック。
 ミミはつまらなそうに向こうへ行ってしまった。一人とり残されたブラックは、そのままうずくまってガタガタと震え続けた
「そうだよね…こんなにも黒い僕なんて、誰も必要なわけないよね…!」
 役立たず。何の役にも立たないくせに、黒いのだけは人一倍…。
「…黒いんだ…僕は…黒いんだ…」
 ブラックの心の、最後の支えが大きく軋みをあげた。

 その夜、ブラックはなかなか寝付けなかった。ようやく眠れそうになると、恐ろしい入眠時幻覚が襲ってきて彼を叩き起こすのだ。気が狂いそうだった。思い余ったブラックは、智美の寝ているテントにこっそり忍び込んだ。
「智美…智美!たすけてよ!僕をたすけてよ!!
 眼を血走らせながら智美の身体を揺する。しかし超低血圧の智美はこんな事位では目が覚めない。
「智美〜〜ッ!」
 勢い余ってこちらを向いた智美の身体は、寝巻の胸元があらわにはだけていた。
「ノッ、ノーブラ…!!!?」息を呑むブラック。
 …やがて荒い息遣いと共に、圧し殺したようなあえぎが夜の闇にひっそりと響く。その激しさが頂点に達した時、低く小さなうめきが漏れた。

ホワイト・アウト

 ブラックは、自分の左手をじっと見つめていた。そこには、白濁した液体がべったりとまとわりついていた。
「…最低だ、俺…」 無表情につぶやくブラック。
 …自分はとうとう智美をオカズにしてしまった。それは、あまりに黒すぎる行為だった。わが黒さここに極まれり、と思った。
 …一体、自分はいつからこんなに黒くなってしまったのだろう…
 手に付いたものを川辺で洗い流しながら、しかし彼はこうも思った。
「見ろ…こんなに黒い俺の中にもまだ白いものが在るんだ!」
 狂ったように笑いがこみあげてくる。
・・まだ…」その瞬間、背筋に鋭い悪寒が駆け抜ける。ブラックはある恐ろしい事実に気が付いてしまった。
(俺の中の白いものを、俺は今まで一体どれだけ出して…!?
 だから…
・・・・・・・・・だから俺は黒いのか!?」慟哭するブラック。知らぬ事とはいえ、彼はこれまでの人生で何万回と取り返しのつかぬ事を繰り返して来たのだ!
「うわあああああああ!俺はッ…俺は今日から自慰を封印するッ!!
         *          *
 あの日以来、毎日のようにテラからメールが届いている。内容自体は毎回いたって簡潔なものだが、智美はいつもそれを待ちわび、確認しては一人安堵するのだった。
 一方でブラックは極度に不安定な状態に突入していた。
 抑えようとすればするほど増大してゆくどす黒いパトス。外に出すまいとする程に、内に溜まってゆく下心。今や百と八つの煩悩大軍が彼の脳裏に怒涛の如く去来し、それを打ち払おうと滝にうたれれば、刺激でイッてしまいそうになる有様だ。
 そして遂には卑猥な妄想が言語中枢を支配し、さまざまな性的聞き間違いを繰り返すまでになった。
「智美の写真(フォトグラフ)、現像してきたよ」
「…智美の女陰画( ほとグラフ )だって!?
「『部屋とYシャツと私』借りてきたぜ〜」
「『ヘアと猥褻と私』だって!?!?
「Gコードって具合いいわね」
「…自慰行動が具合いいだってェ!?!?!?
 挙げ句の果てには、「智美って結構、いい体してるよな…えへ、えへへ…」 と呟いては「うわああああ〜!俺はなんて事をッ!?」と頭を木の幹にガッコンガッコン打ち付ける…。そんな彼に皆も恐くて近寄れなくなってきた。
 数日前から急にこんな調子なのだ…何か悪いものでも食べたのだろうか?
 ひとしきり頭を打ち終えたブラックは、額から血を流しつつふらり…とあらぬ方向へ歩きだす。
「お、おいブラック!うかつに徘徊するんじゃない!」
 今も敵の追撃は続いているのだ!だがその声もブラックの耳には届かない。
「俺……黒……」灰色の空の下を、フラフラと彷徨い続けるブラック。
 彼は自分の『黒』さに、自分の中にどろどろと渦巻く『下心』に心底嫌気がさしていた。だが抑圧しようとすればする程、それは更に増大してゆく。もう、自分ではどうする事も出来ない。
「ア…アア…」
 …何故…どうして自分はこんなにも…!
「アイアム・黒…!!アイアム・黒〜〜ッ!!
 頭を抱えて魂の底から泣き叫ぶブラック。遠くで雷が鳴り始めている。心配で駆け付けた原とブルーの二人には、ブラックが頭を鷲掴みにして「アイアンクロ〜!!」と叫んでいるように見えた。
「ブラック…とうとうイッちまったか…!」
 そんな叫びと雷鳴轟く中、空から稲光に照らされた影がひとつ、ブラックの頭上に舞い降りた!
「何がそんなに苦しいのか知らぬが、ワシが今楽にしてやりますじゃ!」
 ブラックが二人の目の前で本当に鷲掴みにされていく…!それはグルザー軍団員の一人、荒ワシ侍従長だった!
「くそっ、こんな時に…!」荒ワシには一度ボロ負けしている。…だがここでブラックを見捨てる訳にはいかない!
原青「うおおおおおお!!チェンジ・アロハ!!
 ブラックをぶら下げバッサバッサと飛んでゆく荒ワシに、木の上からジャンプして体当たりする二人!!
「むおっ!?」 定員オーバーでもんどり打ちブラックを離す荒ワシ。
 だが、そこまでだ。本気になった荒ワシからはもう逃げられない…!
「畜生、やるしかないのか…」
「…何してるんだよブラック!!早く変身しろ!!
「い、イヤだ…俺は変身なんかしたくない!」
「…何言ってんだ?別に闘えなくてもいいから、身を護るために変身しとけ!」二人がかりで無理矢理ブラックを変身!ところが…
「ギャアアアアアアアアッ!!!!」突然ブラックが絶叫した。
「ヒイッ…黒い…黒いよおおお!!」確かに彼は変身する事でよりデザイン的に黒くなっていた(特にメットが)!!
「どうして俺は黒なんだ!?なんでグリーンとかイエローじゃないんだよ!!なぜッ…」
 そんなブラックにかまわず荒ワシは必殺の旋風(つむじかぜ)で二人を襲う!
原青「うわああああ!!
 必死に神器で応戦する二人だが、思った以上に全く歯が立たない!
 風を操る侍従長は、空気の屈折で火吹銃のビームを曲げ、真空の刃まで作り出して砕玉剣の存在意義消滅力を封じている。つまり、ハラコフカノンも通用しないという事だ。…もっとも、空中で素早く動く侍従長に対してカノンの狙いを付ける事自体不可能に近いのだが。最早、彼らになす術はない…!絶望がつのり。二人共恐慌状態に陥った。
「う、うわああ!くるなくるなあァァァ!!」原がヤケクソで砕玉剣をめくらめっぽうに振り回す。ブルーも恐怖のあまり屁を失禁した!
 彼らの境遇に天が涙したのだろうか…前触れもなく雨が降りだし、たちまち滝のような豪雨となる。とうとう観念する二人…
 …が、いくら待っても荒ワシによるトドメはこなかった。
「…!?」見ると、空中の荒ワシがふらついているではないか。先程闇雲に放った砕玉剣が、少なからずダメージを与えているようだ…!?
「こ、これは…?」どうやら、荒ワシの真空の刃が途中で雨にかき消されてしまっているらしい。翼も湿ってしまい動きが鈍くなっている。荒ワシにとって、風雨は最も不利な情況なのだ!
「ワ、ワシちょっと用事を思い出したので…お暇を取らせて頂きますじゃ」そそくさと撤退しようとする荒ワシ。
原青「…逃がすかァァァァァァ!!
 一気に捨身の猛攻をしかける二人!この機を逃せば二度と勝利の女神は微笑まない!!攻撃力・機動力共に激減した荒ワシはじりじり滝の方へと追いやられ、遂に濁流に巻き込まれて三人一緒に滝壷の中に落ちた!
「ですじゃあああ!!」必死に水中から脱出しようとする荒ワシ。だが動きと真空を同時に封じられた今、もはや原の敵ではない!
 渾身の力で砕玉剣より放たれた空中の4倍半速く伝わる存在意義消滅力(ギャグ  )から逃げ切れず、遂に荒ワシは粉砕された!!
 半死半生で滝壷から這いだして、なおも戦闘態勢をとる二人。
 …だが…荒ワシは二度と浮かんではこなかった。
「勝った…のか…?」互いに顔を見合わせる。まだ信じられない…
 ゴツッ、と原がブルーをいきなり殴った。ブルーもやり返す。
「い、痛ェ…」 「は…ははっ…勝った!勝ったんだ!!
 泣いて喜ぶ二人。彼らは今、初めてネオにもホワイトにも頼らず独力でグルザーを倒したのだ。しかもカノンすら使わずに!!
「うおおおおああッ!」突然の声に驚いて振り向くと、ブラックが渾身の雄叫びを上げていた。
「勝った…勝ったぞ!勝てたんだ!!ははは、はははは!!…なんだ畜生、勝てんじゃねえか!畜生…もうグルザーなんざ恐かねえぞ
ーッ!!ははは、はははは!!…なんだ畜生、勝てんじゃねえか!畜生…もうグルザーなんざ恐かねえぞ−ッ!!
 狂ったように大はしゃぎするブラック。 「どんどんこいオラァ!!
原青「…おめー、何もしてねーじゃん…」とゲンナリする二人。
 だが、ブラックの昂ぶりは止まらなかった。
「…いける…これならいける!!グルザー軍団全部倒して、ザンベとマチを片付けて、そしてテラを助ければ…!!」 「お、おい…?」
「そうすりゃ、黒くなくなる!…筈なんだ。そうに違いない!もはやこれは宇宙の真理、神のお告げだッ!!」 「ブラック…」
「ははははは…わはははははは!!」悟りを開きすぎて笑いが止まらないブラック。血走った瞳は、狂気の光を爛々とたたえていた。
「ひゃっほー!待ってろグルザーにザンベ!俺がまとめて倒しちゃる!」
 勢いのまま敵を求めて街へと走り出すブラック。ひきずられながらも必死で止めようとする二人。
「ブラック!待てよブラック!」 「…お、おい、あれは…!?
 既に暗くなり始めた街の広場に、世にも異様な光景が浮かび上がっていた。煌々と燃える炎の中には大量の本が次々とくべられ、十字架にハリツケにされた人々の鞭打たれるさまを照らし出す。それらを指揮しているのはグルザー軍団だった。その周囲を信徒が幾重にも取り巻き歓声を揚げる。
「SM万歳!SMに栄光あれ!!
 …いまだ雷鳴鳴り止まぬ中のその光景は、まさしくサバトさながらだった。
 SMが県教化した今、もはやノーマルは邪教でしかない。これはその弾圧、見せしめのためのハリツケであり、ノーマルエロ本の焚書であった!
 潜在的M心をくすぐるシチュエーションに加えて、燃え上がるエロ本の中身のまた凄いこと…!!
「おっ…雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!!!
 ブラックの頭の中で、壊れかけた理性と加速する下心の凄まじい葛藤が起きていた。欲望、絶望、思い出、しがらみ…様々な想いが去来し、走馬灯のように渦を巻く。
(…やめてよ母さん…!ボクのエロ本を燃やさないで!!
 昔母親にエロ本を捨てられた時の思い出がダブって見えた!
(…誰か見て…!こんなにも駄目な僕を誰か見てよ!!
 M願望もつのった!
(…逃げちゃダメだ!!逃げちゃダメだ…!!今ここで逃げてしまったら、また俺は……ッ!!
 そして今や絶望的に染み付いた強迫観念に背中を押され、フラフラと広場へ向けて歩みだす。
「ブ、ブラック…待て!待っ…」
 …その時、ひとつの影がブラックの前に立ちふさがった!
「! …ホワイト…!?
「行ってはダメです…今のあなた達では奴らに勝てない!!
「ヒ、ヒィヤアアアァァァ!!!!
 突如、奇妙な悲鳴を上げ、みっともなく転げ回るブラック。
「オレをッ…俺をまた追い詰めにきたのか!?くるな、くるなーっ!!
「!これは…?」
 原がホワイトに、ここ数日のブラックの異常を説明する。
「そう…」ホワイトが小さくため息をつく。
「これでは戦力外どころか、深刻な障害ですね。智美が見たらさぞ…」
「智…美…!?」その言葉に反応して立ち上がり、なおも広場へ向かおうとするブラック。
 行かなきゃ…智美に見捨てられる…!!
 その前に再度立ちふさがるホワイト。
「…逃げる事も時には必要です。勝てない戦いはするべきではないわ」
「俺はッ…!」言いかけて目が釘づけになる。降り続く雨のせいでホワイトの胸元はブラがくっきり透けていた!切なさに身を捩るブラック。
「…俺達は荒ワシ侍従長に勝ったんだ…今なら奴らに勝てるんだよ!!
「荒ワシに…!?
 意外な情報に驚くホワイト。振り向くと、二人も確かにと頷く。
「そう…でも、やはり今闘うべきではないわ。疲れも溜まっているでしょうし、あそこには大勢の信者も居る」
 それでも行こうとするブラックにキッと向き直るホワイト。
「もうやめなさい、ブラック…今のあなたにもう戦士としての資格はない。ブレスを置いて、実家に帰った方が身の為よ」
「ホワイト!何もそこまで…!」
 だがブラックはなおも行こうとあがく。
「どけェ!どいてよ!!今ここで逃げたら、また逃げてしまったら俺は…俺という存在はもっと黒くなってしまうんだ!!!!
「…行けば死ぬ事になるわよ!それでもいいの!?
「いいよ…それでも!黒くなるよりはいい!!
 愚かな…!ホワイトの目がそう言っていた。
「…もう嫌なんだよ!!これ以上黒くなるのは嫌なんだ!!!!黒は嫌アアアアアァァァァ!!!!!!
 狂ったように広場へ駆け出すブラック!必死に止めるホワイト!
「…そうして『黒』に囚われている限り、あなたは一生黒いままよ!」
「うわァァァ!!だまれ!!どけええェェ!!!!白い貴様に何が分かる!!!!
 がむしゃらに揉み合う内に、ブラックは弾みでホントにホワイトの胸を揉んでしまった!!!!
「は!!やッ、やわら…ッ!?!?
 …切れた。下心を押し止めようと張り詰めていた最後の一本、首の皮一枚が今、音を立てて切れてしまった!!
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!
「……!!
 突如ホワイトに襲いかかるブラック!
 するとブン!とホワイトの体から白い光の幕が発せられ、ブラックの体を弾き飛ばした!!
「こ、これはまるでマチの…!?
「この『Hフィールド』は何人たりとも絶対に破る事は出来ません!大人しく諦め……」
 ガン!ガン!となおも激しく襲いかかるブラック。フィールドに体ごと張りつき、反発力が渦巻いてブラックの体中でバチバチとはぜる。
「お、おい、ブラックの体…!?
 ウオオオオーン、と吠えるブラック。と、ブラックの身体からも黒いフィールドが発せられ始めたではないか!
「まさかこれは…!!」 「…え…『Hフィールド』!?
 衝突し、反応する2つのフィールドの境界面に亀裂が走る!!
「そ、そんな…フィールドの位相が中和される!!!?
 両手でバリバリとフィールドをこじ開ける!今やホワイトのフィールドを完全に無効化したブラックは、ズン、とその領域内に侵入した。
「い、いや…」初めてホワイトが怯えの表情を見せる。
 ブルーと原が助けようにも、二人のフィールドはその周囲になおも在り、他者の侵入を許さない。
原青「ブラック!やめろブラックーッ!!
(やめろ…)
 魂の遥か奥底で、わずかに残されたブラックの『理性』がもがいていた。いや…理性ではなく、それは『優しさ』だったかもしれない。いずれにせよ、・・それはあまりに圧倒的な くろ下心によって、魂の一番奥に押し込められていた。
「いや…やめて!こないで!!
 ズズン、と近付くブラック。…ぐるるるる…と唸り声をあげる。
(やめろ…やめてよ!やめてくれ!!くそっ…止まれよ!!
 良心の絶叫にもかかわらず身体はホワイトにのしかかり、「嫌よ嫌よも好きの内ってね」などと一人ごちながら服をビリビリと破き始める。
「嫌ァァーーっっ!!
(止まれ!止まれ!!止まれ!!!!止まれ!!!!!!うわああああああ!!!!!!!!
 これから己の体がしようとする、余りにも黒すぎる行為を止めようと、はあらん限りの力を振り絞って抗い続けた。だが肉体は無情にも止まる事なく、「ボッキング完了・チャック開きます」などととんでもない事を口走っていた!!
 今や肉体は下心の支配物だった。淫乱な欲望の情念が渦を巻き、奔流のように血管を駆け巡る。その流れの裏側に潜むもう一人の自分の声を、ブラックは確かに聴いた。…それは黒さゆえに抱える『白』への想い、愛と憎しみに包まれた大いなる哀しみの波動だった。
[…憧れていたんだ!欲しかったんだ!!でも手に入らないと分かった今…僕はあなたを汚すしかない!!!!
(泣いている…あれは…だ)
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアア!!!!!!!!!!
 言葉に出来ない哀しみを搾り出すかのように肉体は吠え、その切ない想いを遂げようとするのだった。
(や、やめろ…やめてくれえぇぇ!!
 心の叫びも虚しく、右手はいつのまにかまろび出たナニを握りしめる。
(やめろォォォォォォ!!!!!!
 だが肥大しすぎたリビドーは、それをねじ込むだけのわずかな時間さえも堪える事が出来なかった。
 そして…

 …それは、ブラックの理性の勝利だったのだろうか。絶頂の瞬間、快楽で頭の中が真っ白になり中和された黒さの隙をついて…本来ならホワイトをその手にかけてしまうまで止まらぬ筈の「欲望」を、ブラックは己の奥深くに封じ込めた。
 しかし全ては遅かったのだ。自分はホワイトを汚してしまった。
 自分の内から出た白いもので汚してしまった。
 それは…とても許される事のない黒い行いだった。
 ブラックは自分を責めた。罪悪感と自己嫌悪の洪水に苛まれた。そして全てをかき消そうとするかのように頭を地面に打ち続けた。単に行為を悔いているのではない。…出すもの出してちょっちスッキリしたと思っている自分が何よりも許せなかったのだ。情けくて涙があふれた。そんなブラックの瞳に映ったもの、それは…
「…あ…」
 …マスクが外れた、ホワイトの素顔。それは…
「そんな…!」
 息を呑むブルー、驚愕する原。
 だが、ブラックの衝撃はそれ以上であった。
 遠くで今も燃え盛る広場の炎がかすかに照らしだしていたのは、ホワイトのスーツを身にまとった・・智美の姿だったのだから…
        *           *
 ブラックの心は、その余りにも辛すぎる事実を受けとめられなかった。
 これは、夢…。きっと、何かの間違いなんだ。でなければ智美があんな…あんなに冷たいことを言っていたなんて筈がない。あんな風に俺を否定したりする筈がないんだ!
 確かに、今まで智美とホワイトを同時に見た者はいなかった…
 でも、だからって…!
「…夢だよ…」
 おもむろに立ち上がると、風に向かって両手を広げるブラック。
(…これが夢の中なら、きっと飛べるはずさ…)
 だがつかまえようとするその手の平から、風はスルスルとこぼれてゆく。ブラックの目からも涙がこぼれ落ちた。
 …こんなのって…あんまりだ…!自分の心の拠り所だった人と、自分を追い詰めていた人が同一人物だったなんて…!!
 騙され、裏切られていたという気持ちと、自分が裏切ってしまったという気持ちが交錯して、もうブラックには何が何だか分からなかった。
 …智美…?ホワイト…!?一体どっちが本当の彼女なんだ!!!?
 ブラックは重い足を引きずって、智美の元へ赴いた。
 ミミがフィールドの傍に座り込んで泣きじゃくっていた。
 必死にフィールドを叩いて呼び掛けるが、そのたびにその手はブン!ブン!と弾き返される。
 光の壁の中で膝を抱えてうずくまり、心を閉ざしている智美。
 誰の声もその中には届かない。
 全てに対する、完全な『拒絶』。
「…!!」ブラックは衝撃を受けた。膝が震えて止まらなかった。
 智美だ……・・・これは・・・智美だ
 ホワイトがどうだとか関係ない。俺は「智美」をこんなにも傷つけてしまっていたのだ。「智美」を…
「俺は…俺はッ……!!!!
 いたたまれなくなってその場を逃げ出すブラック。 
 …今更、何を言えばいいというのだ!?

 その夜…月明かりすら届かぬ深い森の中、一人彷徨う男の姿があった。
「俺は…俺は…黒いんだ…!!
「黒くて…そして…智美を…智美をーッ!!
 叫びながら、拳に血が滲むまで木の幹を打ち続ける。
「うわあああああ!!
 一番大切なものを、自ら汚してしまった…
 それも、最悪のやり方で!
 しかも彼は知っていた…それが自分のもう一つの本心なのだと!
 心の一番奥底で、自分が願ってやまないことだったのだと!!
 そこまで黒い自分なら、もう生きていても仕方がない…いや、生きてなどいたくない!だけど、死ねない… 死ぬのが恐い…!
 そんな自分が情けない。自分で自分の存在を許せない。
「俺は…俺は…!!」ブラックは月に向かって吠えた。
「グルザー、出てこーい!!ザンベでも、マチでもいい、誰か俺を…俺を殺してくれーっ!!
 心の底から搾り出したその叫びは、やがて木々のざわめきにかき消されていった。
「なんだよ…なんでこんな時だけ出てきてくれないんだよーーっっ!!!!

 夜が明ける。朝日がブラックを照らしだす。闇の中は恐かったが、光の中に出るのはもっと恐ろしかった。自分の黒さが白日の下に晒される事に耐えられなかった。そして何より明日が来ること、それが今のブラックにとって一番残酷だった…

 ブラックは重い足取りでキャンプに戻ってきた。
 結局、一人で逃げて生きてゆく事も出来ないダメ人間だった。
 …テントの中には誰もいなかった。
 …簡易机の上には指輪があった。つけっぱなしのノートパソコンに、再会を約束するテラのメールが映っていた。
 …智美はブラックを見捨て、父親の元へと帰ったのだ。


 
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