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ALOHAMAN IN ETERNAL SUMMER
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第78話
智美の謎
〜魔羅がこんなに黒い筈がない〜

1989年9月16日放映


「異常事態です!大量のコロイド状物質が要塞に流れこんでいます!!
 今や要塞最上部から最下層に向かって怒涛のごとく押し寄せる黄土色の重い雲。何百sもあるような機材や大勢の軍団員がまるで木の葉のように押し流されてゆく。
 …勘のいい方はもうお気付きであろう。この要塞洞窟の上には盆地が存在する…そう、かつてアロハマンが流れついたあの盆地だ。そこに大量の屁が沈殿している事を知っていたテラは、基地の最上部を破壊するだけで基地全体を壊滅させる計画を立てたのだ。
 狙いは見事的中し、今や屁砕流は智美達のいる最下層までをも首尾よく地獄に変えていた。その屁鼻叫喚の地獄絵図の中で、しかしブラックの周囲の空間だけは何故かその津波っ屁を弾き返していた。アロハ一同は運よくその中にいて救かったのだ。
「これは…一体!?
 この薄黒い領域の中心にいる筈のはあまりの黒さに眩しすぎて、何が起こっているのか全く把握出来なかった。まるで黒い激光、即ち闇がほとばしっているかのようだ。そして…凄く居たくない空間でもあった。
 屁の奔流がひとまず納まったのを見計らって、ブラックとおぼしき物体をみんなで担いで外へ脱出。落ち着いてからよく見ると、さっきまでの眩しさは既におさまっていた。そして・・それは…
!?」 「え…?」 「…何…コレ…」 「??」
 …それは、身の丈実に1.5bはあろうかという…・・・・・・・巨大な黒い男根だったのだ!!
「ッ……嫌ァァァアアーーーーーッッ!!!!
(と、智美…ダメ!やめなさい!!
 ホワイトに主導権を渡していてもなお、智美はその光景に堪えられなかった。見てはいけないモノ、触れてはいけないトラウマ…掘り起こしてはいけない記憶の気配が、底知れぬ闇の恐怖が智美を襲った。
(智美…智美…また逃げるのね、智美…)
 智美は深く深く沈み込んでいった。ホワイトもろとも全ての意識を遮断して、巨根の存在を拒絶した。意識を失って智美の身体は倒れた。
「ハッ…見ちゃいけない!」
 誰かが今更ながらにミミの目をふさいだ。
        *              *
 なんだこれ…
 どこだここ…
 …アロハスーツ…?
 俺は…またアロハマンになったのか…こんな想いまでして…
 …嫌なイメージ…外側のイメージ…
 そう…黒だ!
 俺を、俺の心を脅かし理性を損ねるもの…つまり黒!
 黒!黒!黒!黒!
 下心と呼ばれ、股間にそびえる俺の黒!!
 なんで黒くなきゃいけないのかな…こんな目にあってまで…
 黒、黒、黒、黒!俺の黒!僕の黒!
 畜生…!
 よくも智美を襲い、僕の心をふみにじったな!

「これは…黒柱!( ブラックポール)」あらかじめ示し合わせていた場所で合流したテラは、件のモノを見るなりこう叫んだ。
 一行は包囲網を警戒し、とある廃工場に潜んでいた。そこでX線や超音波を用いて『黒柱』を分析するが、中身は殆どが液体。その中に、かすかにスーツの影らしきものが映る。
「ブラックはどうしても排除できない自分の『黒』さを全て表面に押しやる事で白くなった内側に身を潜めた…そう見るのが妥当だろうな。それこそが真黒率四百%の正体だよ」
 自我境界を失ったブラックは、巨大男性器の中に充満する白く濁った液体へと形を変えていたのだ。
 ひとまずおさまったとはいえ、それは依然として眩しいほどに黒く、直視出来なかった。そこには何か、人を寄せ付けない力があった。テラは、これこそがHフィールドの本質なのだと語った…。

 ブラックは夕焼けに染まる電車に乗っていた。乗客は彼一人だった。…見覚えがある…。水郡(すいぐん)線だ。サークルの合宿で乗った事がある…
 次第に無人駅ばかりになって、それでも北へ、北へ、北へ…
 きっとこの線路は地の果てまで続いているんだ。僕一人を乗せて…
 ふと、向かいの座席に誰か居るのに気付く。逆光のせいか、黒くて顔が良く見えない。
「…誰?」 (…僕はブラック) 「それは俺だよ」
(人は自分の中にもう一人の自分を持っている。自分というのは常に二人で出来ているものさ。君はそのもう一人の自分が恐いんだろう?)
「……!!!!」ブラックは思わず息を呑んだ。影のようなもう一人の自分の足は、床を伝って自分の股間につながっていたからだ。
 …こいつが…俺の下心( くろ )……!!
「お前か…お前があんな事をしたのか!!
(そうさ…僕だよ)
「どうして…なぜあんな事をしたんだ!!
(君だって望んでいた事じゃないか)
「違う!あれはお前が勝手にやったんだ!!
(何を言うんだい、君と僕は一心同体…僕は君のもうひとつの本心なんだよ)
「違う!お前は俺じゃない!俺はお前なんかじゃない!!
(僕は君だよ…もうひとつの本当の君の本心なんだよ)
「嘘だ!俺はあんな事望んでなかった!!
「なら、あなたは抑えようとしたの?」
 何時の間にか向こうで吊り革に捕まっていたホワイトが問う。
「…抑えようとしたよ」
「なぜ抑えなかったの?」
「抑えようとしたんだよ!しょうがないじゃないか!下心( くろ )が悪いんだ!俺を裏切った下心( くろ )が!」
「そうやって嫌な事から逃げ出しているのね」
「いいじゃないか!!嫌な事から逃げ出して、気持ちいい事だけして何が悪いんだよ!!!!
(楽しい事だけ鎖のように紡いで生きていける訳がないんだよ。特に君はね)
「黙れ!だまれだまれだまれだまれーーっっ!!
 ブラックは頭を抱えて振り回した。
「出ていけ!誰も俺を見ないでくれ!ここは…ここは俺一人だけの世界なんだ!!
 ブラックの心の底を見透かしたようなイヤな笑みを残して消える下心。
嘲笑うかのような彼の声が辺りに響く…
(そう…ここは君の望んだ世界。ここなら君は何でもできる。ここなら君は何にでもなれる。望めば、白くだってなれる。だけど、たったひとつの事をのぞいては。…でも別にいいだろう?あの時君は暗闇の中を望み、朝日が自分を照らさない事を望んだのだから…!)
「…!?

「そもそもフィールドって何なんですか!?確かザンベとマチもそんなものを…それにどうしてホワイトとブラックが同じものなんですか!?
 原が、以前から抱いていた素直な疑問をテラにぶつける。
「それぞれが客観的にもつ直観的な作用の場…といえば分かり易いかな?」 「いえ、全然」
「…たとえばザンベの場合、それは『ついイジメたくなる』力の事だ。これに捕まった者はS的になり引き寄せられてしまう。いわばMフィールドだな。マチにもSフィールドと呼べる物はあるが…彼女の力はむしろムチを媒介として作用する物なので、必然的にその間合いはムチの長さによって決まる。フィールドに捕まればシバかれに行きたくなるが、同時にムチによって弾き出されてしまう訳だから、ザンベのそれとは効果の勝手が違うわけだ」
「では…『Hフィールド』というのは?」
「あれは…あの二人が持つ『近寄りがたさ』の現れだ。ホワイトの場合はその知的さ・気高さによるもの、そしてブラックのそれは卑猥さ・えげつなさによるもの…」
「英知(H)とハレンチ(H)か…!!
「これらは普通のレベルでは人の心に訴えかけるだけだが、強力になると物質そのものにすら影響を与えるのだ」

 遮断機の下りた踏み切りを挟んで向かい合う智美とホワイト。点滅する警報機の音と光が夢と現の境界をあやふやにする。
(智美…もう私の邪魔をするのはやめなさい)
「…邪魔したいわけじゃないの。でも…恐い…!」
(…何をそんなに怯えているの?)
 黒柱のイメージに襲われ、頭を抱えて震える智美。
・・あれは…嫌!…・・あれだけはどうしても嫌なの…恐いのよ…!!
(いくら逃げても、あれが無くなるわけではないわ)
「…分かってるのよ。でも、ダメ…一体なぜだか分からないけど、あれだけはどうしてもダメなのよ!!

「智美、まだ目が覚めないのか」 「ああ…」
 智美が気を失ってからもう丸一日が経っていた。テラの物言いの端々からはこの事(ブラックのポール化)が今回初めてではない事が伺えた。そしてテラと智美がそれに深く関わっていたらしい事も…
 一体過去に、先代ブラックに何があったというのだろうか。そもそもザンベやグルザーや智美は一体いつの時代の、どういった者達なのか…
 聞きたい事はそれこそ山のようにあったが、恐らくそれらはとても長い話になるだろう。それよりも今は現在のブラックをどうにかする事が先決だった。
 既に昨夜から原とブルーはテラの指導の元、『(サル)ベージ』作戦決行の準備をしていた。これは黒柱にイカさず洩らさずたえまない刺激をひねもす与え続けて肉体の再構成を促すという、なんとなくカーマスートラの奥義にも似た恥ずかしい秘法だ。
 もちろん人力では色んな意味で困難な事なので、動力には手作りの蒸気機関を使う事にした。
「…なぜわざわざこんな事を?」
「下手に配給の電力を使えば、使用記録から奴らに居場所がばれてしまうかもしれないからだよ」 「ええ?まさか…」
「奴の…M−666の能力をもってすれば造作もない事だ。用心に越した事はないのさ」 「…?…」

(智美…どうしても、私の邪魔をするのね)
「…あなたのする事に納得は出来ないけど、邪魔をしたいわけじゃないわ…だけど、あれだけはダメ!お願い、あれには触れないで…!私をそっとしておいて!!
(この情況で、それは無理ね。…仕方ない…私はあなたの精神(こころ)破壊( ころ )してでも進む…そして、戦うわ)
「私を…殺す…!?
(使命のためなら、私はどんな犠牲も厭わない…たとえそれが自分自身であってもね!)
「正気なの…?そんな事ができるわけ…」
(あなたが世界を拒絶している今なら、多分可能だわ…さあ、消えなさい智美!それが嫌なら、二度と私の邪魔はしないで!!
 智美は急激にのしかかってくるホワイトの存在に圧倒された。このままでは本当に自分という存在が消滅してしまいそうな気がした。
「私は……!!
 もうあんな現実など見たくない。だが、消えてしまいたくもない…!
「誰か…誰か助けて…!!
 キキィーッ、と智美の前に電車が止まった。そこは最終駅だった。たった一人の乗客、ブラックがホームに降り立つ。
「ブラッ…」だがブラックは、智美の横を素通りした。まるで智美の姿が見えないかのように。 「…!?
 改札を出ると、そこは巨大な遊園地だった。
 きらびやかな電飾。楽しげな音楽を奏でて回るメリーゴーランド。
 …だけど、誰もいない遊園地。
「誰か…誰かいないのか?」
 智美のすぐそばで、辺りに人影を探すブラック。智美が声をかけても気付かない。触ろうとしても手が素通りする…!!
「ブラック…?」
 智美は悟った。智美は居ない…・・・ここに・・・・・・・・智美は居ないのだ。現実に戻らず、しかし消滅もせずにいる自分。それは…幽霊でしかない。
「誰か…誰か、出てきてくれ!」
 不安になったブラックが、いたずらに大声を張り上げた。
「一人にしないでくれ!俺に返事をしてくれ!…智美…!!
『…はい』 !!」 !?
 振り向くと、そこに・・智美の姿があった。
「来てくれたんだね…智美!!
 ブラックは泣いて喜んで振り向きながら叫んだ。
 その目に飛び込んだのは、メリーゴーランドの馬という馬、乗り物という乗り物に乗った無数の・・智美が一斉に微笑みかける姿だった。
 …ええ、わたしはここよ、ブラック!
「うッ…!」智美は、吐き気を覚えて身体を折った。
 突然、ブラックは気付いてしまった。
 これは、虚像だ。俺が望んだから出てきた幻だ。
 絶対に俺を否定しない、いや、望みさえすれば否定もする、だが、決してブラックの望まぬ事をしてはくれない者達…
 …それは、かえって孤独を強くした。
 ブラックは泣きじゃくりながら・・智美を消した。
 …世界は、ブラックの望みのままだった。
 望めばブラックは何でも出来た。今や、ブラックは王様だった。
 …たった一人の、孤独な王様。
 ここは、世界の果て。自分という名の線路の終着駅。
 頭の中で、下心の声がこだまする。
『そう…ここは君の望んだ世界。ここなら君は何でもできる。望めば君は何にでもなれる。だけど、たったひとつの事をのぞいては…。…でも別にいいだろう?あの時君は暗闇の中を望み、朝日が自分を照らさない事を望んだのだから…』
「だけど…だけどこんなの…」慟哭し、そして絶叫するブラック。
「こんなのってないよーーーーーーーっっ!!!!
 その傍らで、智美は泣いた。
「夢よ…悪夢よ!これは、夢…」
(だけど現実と、何が違うの)
下心(現実も、欲望が渦巻いている。そして思い通りになりはしない)
(いっそ、あなたはここにいた方が幸せかもよ)
「俺は…いやだ…!俺は…本物の智美がいい…!!
下心(嫌われてもかい?)
(辛くても?苦しくっても?…耐えきれないかもしれないのに?)
「…それでも…本物なだけ、いくらかマシだわ」
 智美は暗黒の虚空を見上げた。
「私は…まだ狂ってはいないもの…!!
 …光が、差した。

「…!!」現実世界で目覚める智美。どうやら、この身体の優先使用権はまだ智美の側にあるらしい。
「ダメです!フィードバック系に異常!機関止まりません!」
「エクスタシーレベル、レッドゾーン!このままではイッてしまう!」
「これは…!?」ただならぬ様子に驚く智美。情況を聞いて更に驚愕する。
 猿ベージ用の蒸気機関が暴走し、過剰なマッサージングを黒柱に叩き込んでしまっているというのだ。もしもこのままイッてしまったら…
「それって…ブラックが死ぬって事…!?」智美は装置に駆け寄った。
 まだ自分がどうしたいのか、どうしたらいいのかは分からない。でも…こんな形のまま終わってしまうのだけは嫌だ!!我を忘れて作業を手伝う智美。だが…奮戦虚しく、中でブラックが再形成されない内に黒柱の先端から大量の白い液が発射されてしまった。
「い…いやあぁーっ!!ブラック!!ブラックーーーーーーッ!!!!
 膨大な量の液を放出し、すっかり普通サイズに縮んでしまった黒柱を抱える智美。
「ブラック…ブラック…!ごめんなさいブラック!私があんな…」
 その時どびゅるとブラックの本体が再生した。智美の抱えた小黒柱が(マイクロブラックポール)そのままブラックの秘部となる形で…
「………………………………………………………………………………」
 全員、沈黙。すっ……ごく気まずくて、何を言っていいか分からない。
 おほん、と咳払いするテラ。
「智美…」その声に、初めてテラの存在を認識する智美。
「あ…お父さん…!!」その反応に少し驚くテラ。
「…そうか…記憶が混乱しているんだったね?」 
「え…」智美の顔が恐怖に引きつる。
 やはり自分の記憶は間違っていたのか…?
「え、何?お父さんじゃなかったんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが…」少し難しい顔になるテラ。
「智美…君はどのくらいの事を覚えているんだ?」
 ほとんど残っていない己の記憶をぽつぽつと話す智美。
「そうか…記憶がないとは聞いていたが、そこまでとは…」
 考え深げに歩き回るテラ。
「イデアの体現者たる君がな…。しかし無理もないか、あんな事の後では…」 一同「…!?
 やはり、よほど恐ろしい出来事があったのだ。
「智美…記憶を取り戻したいか?」
 そう問われて何も言えなくなる智美。心配するアロハ一同。
 知るのは…恐い。
 だが、知らずにいるのはもっと恐い。
 もう、戦いは始まってしまった。もう後戻りは出来ないのだ。
 あんな事があった今、もうブラックとの生活にすら戻れぬ智美には 「本来の自分」を取り戻す以外に行き場がないのだ。
「私、記憶を…」
(ダメ、智美!)突然、ホワイトが智美を止めた。
(それでは結局、また逃げているだけ…今も感じるあの恐怖の正体には多分、耐えられないわ)
「…やめて!!」 「え?…なに!?」 「あ、いえ…」
 テラに向き合う智美。「…お願いします」 「…ああ」
(…こんな情況でなければ、そっとしておいてやりたいのだが…)
 智美に聞こえないように洩らしたテラのつぶやきを、ブラックは聞き逃さなかった。 「…!?
 別室に移った智美はソファに座って催眠療法を受けた。
「…深く…もっと深く…心を沈ませて…」
 意識の底でゆっくりと目を開ける智美。そこで目にしたのは、真っ白な裸の少女…ホワイトとも異なる、更に別の『自分』だった。
「痛いの…」と彼女はか細くつぶやいた。
「どこが痛むの…?」
 『彼女』が体の前で組んだ両腕を開く。「胸が…痛いの…!!
 あらわになった胸には、ぽっかりと巨大な穴が……
「きゃあああああああああああああ!!!!!!!!
 激しい拒否反応を起こして引き戻される智美。
 激しく息を荒げ、大量の汗をかいている。
「…少し一人にして…」
 小屋の外へ出た智美は、混乱した頭を抑えるようにしゃがみこんだ。
「あれも…私?あれが私!?だったらこの『私』は一体…!?
 自分…ホワイト…そして『彼女』。
 これは一体何なのだ!?本当に自分は『智美』なのか…!?智美は、もはや自らの存在すら信じる事が出来なくなっていた。
(あれも…『智美』よ。きっと本来の『智美』という人格が何らかの理由で幾つにも引き千切られてしまったのね。…それが何なのかは分からないけど…余程恐ろしい出来事だったんだわ)
「まだ他にも居るのかな…」
(それは有り得るわね)
「…それじゃ私はカケラなの?半端で小さな単なる破片…!?
 智美は泣いた。「それじゃ…私が何をやったって無駄じゃない!いくら頑張ったって、元から壊れてるんじゃどうしようもないわ…!!
(…どうかしら?場合によってはやり方次第で… !?
 突然、後頭部で鈍い音が響いた。あっと思う間もなく、智美は気を失った。

「あの、テラ…」言葉を選びながら話しかける原。
「貴方は、全てを知っているんですよね?…教えてくださいよ。グルザーの事、ザンベとマチの事、智美とホワイトの事…そして『先代』の事」
 テラは一瞬間を置いて、それから頭の中を探るように話し始める。
「そうだな…何から話したものか。…そう…全ての事の起こりは、 『パンドラの扉』だ」 「あの、グルザーが言っていた…?」
 身を乗り出すブルーと原。だがブラックは一人うわの空だった。
「智美…」そんなブラックに気付くテラ。 「…心配かね?」
「そりゃ…」と言って、言葉を切るブラック。
「でも…俺にはもう智美に関わる資格はないんだ」
「資格?なぜだね?」 「ダメだったんですよ!!
 泣き顔になるブラック。「何も…出来なかった!何も…」
 ブラックはさめざめと泣いた。
「…当然だな」 「…え!?
「たった一度償おうとしただけで上手く行くなんて、君はそんなに甘い考えでいたのか?そんなに上手くいく筈ないだろう。だから償いを続けるんだ…繰り返し、そしてまた繰り返し…」 「……」
「どんなに『もうダメだ』と思おうが、それでも再び陽は昇る。明日がまた来る…だから、そのたびにまた償うのだよ」
「テラ…あなたは…!?
「…あとは、自分の犯した過ちが自ずと決めてくれるだろう。一体いつまで償い続ければいいのかは…な」
 震えるブラック。この人は…この人は何故こんな苛酷な事を言えるのだ…それも、我が身の事のように!
「あなたは…一体、何をしたんです!?
「…過ちだよ。一生かかっても償えぬ程の、大きな、大きな…」
「テラ…」 「そして…たぶん、今なお過ちを犯し続けているのだ」
 この人は…この人達は一体どんな過去を背負っているのだろうか?重苦しい沈黙が三人を支配する。
「そうそう…たしか『パンドラの扉』の話だったっけな」
 その後のテラの話を概略するとこの様になる。
『パンドラの扉』…それはテラのいた時代から見てもなお太古の文明の遺産である。それは現実と、その奥に潜む純粋な「概念( イデア )」の世界…「潜象世界」との間をつなぐ扉だ。テラの時代にそれを発掘し使った事で、そこからザンベやマチが生まれてしまった。
 彼等はグルザー軍団を率い、国中を騒乱に陥れた後指輪に封印され、グルザー軍団も眠りについた。そして彼らがいつかよみがえる事を恐れたテラは、軍団の一人技師長クランクと入れ替わり、共にその時を迎える為に永い眠りについたのだ。
 智美が持ってきた装置(ユニット)はパンドラの扉に接触する為の機構の中枢であり、現在は封印中の扉をもし解放すれば、流れ込むエネルギーによってザンベとマチは爆発的に強大化してしまう……
「そんな事はどうでもいいんだ!」とブラックが途中で話をさえぎる。
「どうして智美はホワイトに…!?」 「…それは…」
「そこまででゲス!」
 そこへ突然、グルザー幹部の狼社長(現富士通社長)が乱入してきた!しかも手下の戦闘会社員達が智美を捕えて人質にしているではないか。
「フヘヘヘ、一銭の得にもならない話は止めて商談に入るでゲス。さあ、智美を返してほしくばパンドラの扉にアクセスするでゲスよ!」
「ご、ごめんなさい…お父さん!」
「くっ…させるか!」
 隙を見て智美を奪い返そうとするアロハ三人。しかしやたらとパワー溢れる狼社長に一瞬にして吹き飛ばされてしまう。
「今夜は満月…あっしの力の真骨頂でゲス!!
「わかった…従おう」やむなくシステムを起動するテラ。
「おっと、アロハマン達も一緒に来るでゲスよ。あっし達が・・・あっちへ行ってる間に智美を奪い返されちゃたまらんでゲスからな。お前ら!あっし達が一時間以内に戻らなかったら一人づつアロハマンの身体を殺すでゲスよ!」
「何…!?
「これで、智美だけでなくアロハマンも人質というわけでゲスよ」
「……!!」この情況では言う通りにするより他に術はない。
 …起動した装置によって、半径5b以内の全ての人間は意識を潜象世界に飛ばされ、その身体はヌケガラとなった。
 社員に捕まったまま、脇からただ見守るしかない智美。
「私の…せいで…!」

「ギャアアア〜〜ッ!!!!」 「!?!?
 狼社長の連れてきた二人の部下がまるで折り畳まれるように潰れて消えてゆく。 「こ、これは…?」
「フゲゲ…やっぱり耐えられなかったでゲスか」
 普通の人間が潜象世界深くにダイブするのは自殺行為である。精神が圧壊し、廃人となってしまうからだ。超深深度まで潜れるのは、数限られた者達だけ…。本来、強靭な魂を持つイデアの体現者にのみ許された事なのだ。
「『イデアの体現者』って…さっき智美がそうだとか言ってた!?
「こうして潜ってるって事は、俺達も全員それって事?」
「いや…グルザーや私は『人工人核』を埋め込んで人為的にに魂を強化しているんだ。奴らの常人離れした力もその賜さ。だが君達は…」
「…俺達は…?」
「そこ、うるさいでゲスよ!黙って扉まで案内するでゲス!」
 安全潜行に必要な時間をかけて、一行は外部潜象世界( マントル )の最下層に到達した。海底を思わせるその場所に、どっしりとそびえ立つパンドラの扉の巨大な影…。濃い霧がかかっていてその全貌はぼやけている。
「ゲヘッ…遂に扉を開ける時が!!」興奮する狼社長が扉に手を掛ける。
「く…っ!」
 扉の向うは内部潜象世界…様々な概念に分岐する直前の、エネルギーあふれる純粋なイデアの渦巻く世界につながっている。この扉が開けば、ザンベとマチの力がさらに強大化してしまう!
 …が、今の狼社長の力を持ってしても扉はなかなか開かない。
「…?」目を凝らすテラ。何かが扉が開くのを押さえている。
 徐々に晴れる霧…そして、そこには…
一同「な…!!!?
 扉には巨大な白い少女が胸に巨大な黒槍を刺され、磔になっていた!!
「あれは…そんな!!智美…!!!?
「そうか…そういう事だったのか!」 「…テラ!?
「…ブラック、抜くんだ!」
「えッ…こんな所で!?」顔を赤らめるブラック!
 少し考えてからテラが言った。
「ああ、いや…そういう事じゃなくて。とにかく狼社長を倒すチャンスなんだ!」 「え…でも何の武器もなしに、そんな…」
「…武器ならある、あの槍だ!あれは…君にしか抜けない!!
 よく見ると、『智美』に刺さっているのは巨大な長尺の黒柱だった!!
「これは…!なんで…!?
「話は後だ!抜け!君なら抜ける!!
 黒柱に取りつき、引っこ抜こうとするブラック。とたんにバチッ、と弾き飛ばされそうになる。凄まじい感情…ほとんど物理的な、堪えがたいほどの感情が逆流してくる!!
「これは…智美の…『悲しみ』なのか?」
 悲しみが…絶望が…激しい後悔がブラックに教えてくれた。
 …磔になっているのは智美の失われた記憶、智美が残してきたもう一人の智美なのだ!過去のトラウマが今もなお突きささり智美を扉に縛り付けていたのだ…!!
「なんて…なんて苦しい思い出…ッ!!
 その内容までは分からない。だが、自分を貫く圧倒的な悲しみに、孤独に、拒絶に…ブラックはただ、涙した。 「うおおおおお!」
「抜けーッ!ブラック!!」テラが珍しく感情をあらわにした。
「それを抜けるのは…智美を救いだせるのは君だけなんだ!!!!

 現実世界で、突然智美が苦しみだす。ブラックが黒柱を引き抜こうとした事により、過去の記憶が怒涛のように流入してきたのだ!苦悶する智美。「これが…これが…私の記憶…!?
 余りの悲しみと絶望の塊に、叫ばずには…拒まずにはいられなかった。
「やめて…!やめて…!!触れないで!!」頭を抱えて、悶える智美!
「私のトラウマに触らないでぇぇぇッ!!!!
 抜ける…目覚める記憶!!
「いやあぁぁぁーーーーーっっっ!!!!


 
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