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ALOHAMAN IN ETERNAL SUMMER
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第81話
アロハマン最大の弱点
.01秒の死角は突けない

〜心は論理、気持ちは…〜

1989年10月7日放映


 夕食の後、焚火を囲みながらテラの話を聞く一同。
 …ネオアロハマンの正体は、テラが過去にアロハマンを研究して造ったアンドロイドだった。
 そもそもアロハマンの力とは、オリハルコン製のアロハスーツが装着者の精神に感応して発生させるエネルギーだ。これを機械的に再現するのは極めて困難なのだが、それを実際に実現している物が在った。アトランティス以前の超古代文明の遺産である。
 発掘されたオリハルコン動力炉は御神体などの霊格の高い物質を高純度に精製した「御心体」の疑似精神場を炉に( チャンバー )封じ込めて加圧し、中心に置いたオリハルコンから高エネルギーを発生させていた。他のどんな動力よりも小型で高出力な、まさに夢のシステムだ。数少ない遺物の一つはマシーンの体内に組み込まれており、その力の高さをうかがわせる。
 ただ難点は、いくら原理が分かってもやはり「御心体」の精製が極めて難しく、また精神場圧縮( シェル )殻が技術的にどうしても厚く、重くなってしまう事だった。
 だがそれはその後、本物のアロハマンを研究できたことで克服された。
オリハルコンをアロハマンと同様スーツにしたのだ。繊維状のオリハルコンは飛躍的に表面積を増し、無理に密閉せずとも放射精神場を効率的に拾う事が可能になった。同時にそれは大幅な軽量化にもつながり、少ない御心体でも十分なパワーウェイトレシオをを実現できたのである。
 アロハマンに似せて造られたそれは『ネオアロハマン』と名付けられ、SM軍団と戦う最強無比の戦士となった…筈、だった。
「…しかしそれもプログラムを改竄されてしまっては…」
 言葉を途切らせてしまうテラ。その脇で、ネオがロボットだったと知って・・・あの時の空反応に合点がいった原が勢い付いて言う。
「でも、その御心体って奴を破壊すれば…!」
「その実力が君達にあれば苦労はしないんだが…」 
「はう!」しょげかえる三人。
テ(…ただ気になるのは、彼等が一瞬示した・・・・あの反応…だ。マシーンやローズがあんなプログラムを組む筈がない。とすると、これはもしや…?)「…テラ!?
「あ、いや…なんでもない。それより、問題なのは指輪だな」
「そ…そうですよ!早くミミちゃんを救けないと!」 
「……確かにそれもある、が…」
って…!?」「…そういえば、奴らは何故あんなに指輪を欲しがるんだ!?なんか、封印されるからってだけじゃない様な気がするけど…」
「…そうか…君達はまだ、あの指輪が何なのか知らないんだったな。
…あれは元々ある事の為に彼等が造り出した物だ。我々はその性質を利用して封印に使ったに過ぎない。指輪の本当の目的…それは・・・・あるものを復活させ、活動させるエネルギー源としての役割だ」
「ま、まさか…まだこれ以上強い怪人が他に居るんですか!?
「…怪人なんて生易しいものじゃない…!それはかつてアトランティスを火の海にした、史上最凶最大の兵器…全高100bを超える二体のSM巨神だ!!」 「あが…!!?」
 もはや絶句するしかない一同。ザンベ達すら底知れぬ存在だというのに、その上そんなものまで控えていたとは…!!
「…もはや事態は一刻を争う!巨神が復活すれば、世界は再び破滅への道を辿ってしまう!!その前に、何としても指輪を奪還しなければ!!
 やおら双肩にのしかかった重責に、一瞬目の前が暗くなる三人。
 …だが…どのみちやるべき事は変わらないのだ。
 指輪を取り返し…ミミちゃんを救ける!
「…よし。時間がない…今すぐ行こう!」
 その時、後ろでガタリと音がする。
「私も…行きます!」 一同「と…智美!?
「…ダメだ!そんな身体で無理をするんじゃない!」
(…その通りよ、智美!今の・・私達では足手纏いになるだけだわ。もしこれ以上無茶をするなら、体を乗…)
「…させないわ!今度は、絶対…!!」 (智美…!?
 ホワイトさえもたじろがせる程、智美の決意は固かった。皆もそれを見て取ると、「無理は駄目だぞ」と念を押しつつ、智美の同行を許した。
 焦っていた一同は、何時の間にかホルスが居なくなっている事に気付かなかった。

「嫌ァっ、やめて!誰か救けてーっ!!
「面倒だ、このまま麻酔!それとCTを撮るよ!」
 ガラス越しに隣の部屋からローズが指示を出す。
 …水戸の郊外にあるローズの研究所では、たった今よりミミの開腹手術が始められようとしていた。手術台の上でミミが必死にもがく。
「…手際が悪いな」
「うるさいね…!わざわざそんな事を言いにきたのかい!?今の作戦指揮権はアタシにあるんだ…アンタに口出しされるいわれはないよ!!
「…実は、ネオ達を借りに来たのだ。ネオのメモリを調べていて判ったのだが、アロハマンを倒す秘策が見つかった。それに使おうと思ってな。勿論…貴女の許可があれば、だが」
「…へえ?」さすがにローズの手が止まる。
「やけに協力的じゃないか…。てっきり邪魔しに来たのかと思ったけど、あたしに媚を売っといた方が得だとやっと気付いたのかい?」
「いずれ倒さねばならない相手だ。なるべく早い方がいい」
「フン…ま、好きにしな。あたしは手術で忙しいんだ。けど、壊してきたりしないでおくれよ?」
「…では、借り受ける」それだけ言うと、マシーンは手術室を去った。
「ハン、全く何を考えているんだか…?」

 その頃アロハマン達は教団本部ビルの地下に続く下水道の中を、慎重に見つかりにくいルートを選びながら歩いていた。
「…いいか、今回はあくまで指輪とミミちゃんの奪回が目的だ…。戦いは可能な限り避けてくれ!」
 ふと気が付くと、ブラックは智美のすぐ隣を歩いていた。…しばらく躊躇したあと、意を決して声をかける。
「…あ、あの、その…智美……」
「………何?」また一瞬の間が空く。
「…あの…・・・あの時は…ごめん。…まだ、きちんと謝ってなかったから…」
 あの時…とは、ブラックが智美(ホワイト)を襲ってしまった時の事だ。智美と、ホワイトが…ブラックを否定し、追い詰めた者が一応・・別人だと分かって、ようやく彼は智美に話し掛けられるようになった。
「……ううん…私の方がもっとひどい事を…」 「は?」
「あ!いえ、その…ごめんなさい、あなたじゃないの。あなたじゃないのよね、分かってはいるんだけど、でも…」
 …ブラックの顔が、どうしても先代ブラックのそれと重なって見えてしまう…。たまらず目を背ける智美。 「……」
 それきり二人は一言も言葉を交わさなかった。
 そのまま特に障害にあう事もなく、一行はすんなりSMビル地下駐車場に着いてしまった。テラが眉を顰める。
「おかしい…どうも簡単に行きすぎている気が…っ!?
 その時、一斉に四方のシャッターが降ろされ、退路が全て塞がれた!
「しまった、罠か!!」 「フ…まんまとさそいこまれおって」  
!?」一同が振り向いた先には、よりにもよってネオとマシーンの最強タッグが現れていた。
「馬鹿め…来ると判っているものを黙って見過ごすとでも思ったか!?
「…M−666…!!」知らず、息を呑むテラ。
「…今や私をその名で呼ぶのもお前位のものだな、テラ…懐かしいぞ。 だが…」マシーンの両目が冷たく光る。「私はその名が嫌いだ!!
 マシーンの合図と共に、ネオが一斉にこちらに向かって歩みだす。
「く…こうなったからには仕方ない。いくぞ、皆!」 青黒「応!」三人「チェンジ・アロハ!!
  …………………
「…あれ?」 !?」 「な…?!?」変身…できていない!
「おかしいな…もう一度だ!」 …それでもやはり変身できない!!
「…どうした?さっさとあの愉快な格好にならんのか!?
 不敵に笑いながら悠々と構えるマシーンを見て、ハッと悟るテラ。
!?しまった…妨害パルスか!!
 そう…敵はアロハマン変身メカニズムの弱点をついてきたのだ!
 アロハマンの変身プロセスは、ブレスレットのアロハスイッチを押す事で開始する。変身完了まではわずか0.5秒。そのうち最初の0.01秒はブレスの装着チェックに割かれているが、この瞬間に強力な妨害パルスを受けるとCPUが誤作動を起こし、『腕に装着されていない』と判断して変身をキャンセルしてしまうのだ!
 恐るべきはその一瞬の隙を寸分たりとも逃さぬマシーンの能力…!
「どうだ、人間にこんな芸当が出来るか…!?出来まいっ!!
 勝ち誇り、高笑いをするマシーン。「さあ、見せてみろアロハマン…貴様等の誇る底力、『心』の力とやらでこの情況を打破してみせろ!」
「く…っ!」歯噛みするしか出来ない3人。
「ハッハハ…!そうだ!所詮そんなものは弱者( 人間 )のタワゴトよ!所詮…機械(私とネオ)にはかなう訳がないのだ!!」 「…M−666、お前…っ!?
「さあ、殺れっ!ネオ!!
 マシーンの命に従い、一斉に襲いかかるネオ三人!! 
 マシーン自身は変身妨害に専念して戦闘には参加してこないが、それでも生身の三人ではただ逃げ回り続けるより他に術がない。そもそも変身できてさえネオとの対決は分が悪いのだ。
「くっ、このままでは…!」
 例えテラが助太刀してもネオの余力は削げないだろう。手をこまねくテラのすぐ脇で、智美がホワイトに必死に呼び掛ける。
「ホワイト…お願い!ブラック達を助けて!!
 だが、ホワイトの返事はなかった。智美が、ギュッと唇を噛む。
「分かったわ…!それなら、私が自分で戦う!」冷凍睡眠から目覚めて以来、智美は初めて自分の意志でブレスをかざした!
「変身!!(コンバージョン)
 間髪入れずマシーンに向かって走り出すアロハホワイト。並の攻撃ではマシーンの演算処理は削れない!ここは…一気にあの大技で!
「分身!!アロハ・サイク…」
 その瞬間、智美の言葉は途切れた。智美は頭が割れるほどの衝撃をおぼえて勢いのまま身体を地面に打ち付ける。
「あ…く…!」必死に搾り出そうとするのだが、全く声が出ない。それどころか、身体が思うように動かない!体中から青白い電気を散らしながら苦しむ智美を足元に見下すマシーン。
「フ…かつて雷撃の戦士と恐れられたお前もこれでは形無しだな」
「…!」ようやく異変の原因を悟る智美。…『ホワイト』が、変身を激しく拒絶しているのだ!今の智美の身体は、ふたつの意志が同時に表に出ようとして膠着状態になっている。…心は分裂しているのに、身体を分身()ける事が出来ない…!
 そして…分身出来なければ『アロハサイクロン』は使えないのだ!!
「ホワイト…なぜ!?相手はあなたの敵、グルザーなのよ!!
(この身体では戦闘は無理だからよ) 「でも、それじゃ…!」
(勝算のない戦いはしないわ。自滅ほど無意味な事はないものね) 
「…!」アロハ三人の方に目をやる智美。「……み…みんな…!!
 必死にのばす震える腕の先で、彼等は全く抵抗できずに苦戦している…!「やめろ…!お前達とは戦いたくない!!
「目を覚ましてくれ!正義の為に、戦ってくれ…ッ!!
 血を吐くような絶叫も、ネオの凍てついた意志には微塵も届かない。
「君達が我々の中の何に訴えているのか知らないが…」
「我々は機械だ。機械には心はない。情もない!あるのはただ…」
命令(コマンド)の実行だけだッ!!」吹き飛ばされる三人!
「くそおっ!変身さえ…変身さえ出来りゃ…っ!!
 今やアロハ三人は満身創痍、息も絶え絶えの状態だった!
「ハッハッハッ!弱い!弱いぞ!計算以上の弱さだ!!もはやバスターカノンを使う必要すらないではないか…!!
 もはや動かぬ勝利の方程式を導き出したマシーン。
「今だ!一気に止めを刺してやれ!」 「ハッ!」
 ネオの三人同時攻撃炸裂!しかし… 「ッ!?
 (カメラ)を疑うマシーン。シミュレーション通り吹き飛ばされ、絶命している筈の3人が未だその場に立っているではないか!
「お…おおおおおおおおッ…!」…なんとブラック一人が、ネオの攻撃を全て生身のまま防いでいる!
「バカな!?…い…いや、これは……ッ」センサーを切り替えるマシーン。「まさか…Hフィールド!?
「…これぞ甲賀淫法古奥義…『淫果開放拳(いんがかいほうけん)!!
「何……ッ!?」 「…ブラック…!」
『淫果開放拳』…それは甲賀淫者の開祖が使ったとされる幻の技!自らの悩ましき肢体、淫らな果実を解放し炸裂したHフィールドを鉄壁の防御となすこの失われた秘技を、ブラックは咄嗟に自力で編み出したのだ!!
「…使い手が現われたのは…百年ぶりになるのかな?へへ…まさかこの俺後継者になるなんて思わなかったぜ!!
「むう…!」絶句するマシーン。これこそまさに『底力』…まごうとことなき『心』の力!「おのれ…小癪な!」
 しかし変身せず勃起も出来ない状態でのフィールド出力はお世辞にも高いとは言いがたかった。一撃ごとに衝撃の何分の一かがブラックの身体にダメージを与えている。
 その情況を見て取ると、再びマシーンの声に余裕が戻る。
「フ…ならばこのまま攻撃し続け、なぶり殺しにしてくれる!!
原青「ブ…ブラック…!」ブラックの後ろで守られながら何もすることが出来ない二人。その表情は自分がやられている時よりも悲痛に歪む。
「ハハハハハハ!なっ…何という情けない姿だ!」
「くそ…ここまでか?ここまでなのか!?智美…!」
 自分の力が及ばぬ事に対する、身を砕くほどの悔しさに震える三人。奈落の底からギッと神を睨み上げるようなその形相から一筋の血の涙がつたい落ちたその時…
 …不意に、ネオ3人はアロハマン達に対する攻撃を停止した。
「…?どうした…?お前たち、一体…!?
「…やはり…ッ!!」ネオの変調の理由を確信したテラの目が光る。
「やれ!さっさとそいつらを殺せ!…どうした…私の命令が聞こえないのか!?!?」半ばヒステリックに叫ぶマシーンにネオが答える。
「私…私は、もっと対等な条件で戦いたい」「…私も」「私もだ」
「ば、ばかな…貴様等一体何を…」あらゆる可能性を模索した推論演算が一瞬オーバーフローを起こして目眩を覚える。
!?そ、そうか…『男闘呼回路( おとこかいろ )』が成長を!!!?」 「…今だ!!
 その瞬間、マシーンが気を取られた一瞬の隙に、テラが加速装置( V-MAX )を発動してマシーンの背後を取っていた!
!?」マシーンがそれに気付いた時は既に、延髄部の緊急停止スイッチが押されていた。
「…ッ!!
 ブピュン…と微かな異音と共にシステムダウンするマシーン。だがすぐさま再起動してテラを一撃で弾き飛ばす!…その間、わずか0.5秒!!
 しかし…その一瞬の刻を逃さず、アロハマンは今まさに変身を終えようとしていた!! 「く…!」
 その後ろで壁に叩きつけられたテラが口元の血を拭いながら言い放つ。
「延髄コンソールに命令を入力した…お前は5分後に自爆する!」 
「な、何…!?
 確かに自分の中に解体不能の自爆装置がある事は知っていた。しかし…
 ふと昔日の記憶(メモリー)を思い出すマシーン。
 他の人々が皆一様に冷たく扱う中、人間と変わらぬ友人として接し、いつでも本気でぶつかってくれたテラ…そして、智美…。
 …今思えば、あれはとても得難い日々だった。
 だがその日々の全ては、今や遥か一万年もの時の流れの彼方なのだ。
「…テラ…」
 テラはわずかな沈黙の後、険しい表情で口を開いた。
「先に裏切ったのはお前だ…M−666!」 「……」
 既に冷静な判断力を取り戻していたマシーンはそのまま踵を返す。
 …どう計算しても、自力で五分以内に解除するのは不可能だった。
「…フ…愚かだな…」と、足を止めてマシーンが呟く。
「…まだ貴様の事を…どこかで信じてしまっていたとは…」
 そして、再び歩きだすと、きっぱり背中で言い放つ。
「次は、本気で叩き潰すぞ!」 「……」
 マシーンはネオに、自分をローズの所に運んで自爆命令を解除させるよう命じると、電子頭脳のクロック数を落としてほとんど停止状態になった。直結している自爆装置のタイムリミットを引き伸ばしたのだ。
「………」撤退してゆくネオたちを見送る3人。
 …かくして、アロハマン最大のピンチは去った。
 その横で、まるで堪えていたものがあふれ出したようにテラが煙を噴きながらその場に崩れ落ちる。 「テ…テラ!?
 完全なオーバーヒートだった。V−MAXの稼働時間は短かったものの、マシーンの隙をつくため限界を遥かに超えるスピードを出していたのだ。かくして、ミミが捕われている場所まであと一歩に迫っておきながら、一同は一時撤退を余儀なくされてしまうのだった。

 再び下水道を抜けて地上に出たところで一休みし、テラを介抱する。
「テラ…どうしてすぐに自爆させなかったんです?」
「……私には出来なかったんだ。M−666は先輩が…」
 命令を入力した右手をじっと見つめるテラ。小刻みに震えている。
「…智美の…母親が作ったものなんだ…」
「……」誰も、問いを発しない。
 テラは何かに思いを馳せるように、空を見上げた。
「…この変わり果ててしまった世界の中で、たった一つ残った彼女の作品を、ただ独り残った昔の友を…手にかけるのは、忍びなかったんだ。…すまん…とうに覚悟していた筈なのに、私は…」
 目の前で震える右手を握り、うなだれるテラ。
 …それもまた、確かに『心』の為せる業だった。
 もう何も言わなくていい、そう言っているかのようにテラの震える右手をやさしく包み込む智美。…ブラックがふっ、と顔を背ける。
 瞑目するテラ。
(…マシーン…やはりお前は、『心』にこだわり続けているのだな…)
 その認識は、テラには余りに苦い思いのするものだった。

 ようやく全ての準備が整い、紅玉を摘出しようとしていた研究所では、突然運び込まれて来たマシーンに邪魔され、ローズがヒステリーを起こしていた。かくして、図らずもミミの手術は延期された。
 危うい所を免れたミミは、独房で一人震えていた。
 …所詮手術は一日延びたに過ぎない。明日になれば私は…
「…恐いよぉ…お姉ちゃん…黒にいちゃん…!」
 しゃくり上げながらぽろぽろと涙を流すミミ。
 まだ小学生で事情もよく知らない彼女には、自分が一体何をされ、その後どうなるのかはよく分からなかった。
 ただ、おそらくただでは済まないと…そして智美やブラック達を取り返しのつかない窮地に陥れてしまうという事だけは何となく分かる。その事が何よりも恐かった。絶望に挫けてしまいそうになりながら、ミミは膝に顔を埋めてぐっとこらえる。「…パパ…ママ……!」
 …だがその二人こそがミミを鞭打ち、この情況へと追いやった張本人なのだ…!ミミは、一層身体を縮こまらせた。
 …ふと…その耳に、聞き慣れた鳴き声がかすかに聞こえてくる。…次第に大きくなる…。通気孔からだ。「!?ホ…ホルス!」
 この愛犬は、ミミの匂いだけを頼りにここまでやって来たのだ!金網のネジを十円玉で外してホルスを抱き締めるミミ。孔はミミには細すぎて脱出は出来ないが、彼がいてくれるだけで勇気百倍だ。暗がりの中、ぎゅっとホルスを抱き締める。心なしか、体の芯が暖かかった…

「…私が変身出来ていれば、あんな苦戦( こと )には…」
 その夜、智美はブラックと夜の木陰で話した。自分を責める彼女をブラックは否定する。
「智美は闘わなくていいんだよ…いや、闘っちゃダメなんだ!」 
「…そんな…!」
「智美の気持ちは嬉しいよ…けどそれで君の命を縮めてしまったら、俺は全然嬉しくない!…きっと、みんなだってそうさ」
「…ホワイトと、おんなじ事言うんだね…」 「…智美…」
 しばし沈黙する月下の二人。虫の声が満天に響く。
「…ホワイトの方が正しいのかな……やっぱり、私はいらないのかな」
「ばっ…!」思わず立ち上がって怒鳴るブラック。「バカな事言うな!!そんな事絶対あるわけない!!智美が…智美がいなくていいなんて!!
「…!?」あまりの剣幕にひるむ智美。ほとんど独り言のようにつぶやいた言葉に、ここまで反応するとは思わなかったのだ。
 あ…ゴメン、と謝って座るブラック。しばし気まずい間が流れる。
「……あ…あの…ありがとう」 「え!?」 
「…さっき、本気で怒ってくれて…」
「……!」照れて、ぽりぽり頭を掻くブラック。
「…その…すごく、嬉しいよ」 「え?」
「こんな相談、またしてくれるようになるとは思わなかった…」
「……」そう…ほんの数日前まで、智美はブラックに怯えていた。今でも「襲われた」という事実は変わらないのに…なんだか、妙な気分だった。…この数日は、本当にいろんな事がありすぎた。
「…『二人の自分』か…」 「…え?」
 久しぶりの会話であがっているのか、必死に思案しながら言葉を搾り出すブラック。
「い、いや、ホワイトの事だけどもさ…俺が…俺がこんな事言う資格、ないとも思うけど…でも、なんていうか、多分…どっちも『自分』なんだよ」そこまで言って、少し休むブラック。その間に智美も彼の言葉を静かに飲み込む。
「最初…俺は自分の『下心』を抑えようとしてたんだ。でも…ダメだった。…挙げ句の果てに、その…き、君を( ホワイト )…」小さく頷く智美。
「だから…今度は『勃てない』事で『下心』から逃げたんだ。…でも、そのせいで智美をこんな…」ギュッと下唇を噛むブラック。
「こんな…辛い目にあわせてしまった…!」 「ブラック…」
「ど…どうしたらいいのか分からないんだ!けど…『もう一人の自分』に勝つとか負けるとか、正しいとか間違いとか…逃げるって事も含めて、何か、そういうのって全部違うんじゃないかなって気がするんだ!だから…」思わず荒げてしまった息を静かに落ち着ける。
「…だからさ、智美…俺よりずっと辛い何かを背負ってる君にこんな事言うのはアレかもしれないけど…」 「……」
「…俺と…一緒に闘ってくれないか!?一人じゃ答えは出なかったけど、二人でだったら、もしかしたら…」照れまくるブラック。
 智美は、その大きな瞳でじっとブラックの目を見つめていた。
「智…」 「…ありがとう」
 こつ、と智美はブラックの肩に額をあてた。ブラックはびっくりして身体を強ばらせ、思わず小さな悲鳴を上げそうになった。
「あなたがいてくれて、ほんとに良かった…」 「智美…」
 立ち上がった智美は、久方振りに明るい表情になっていた。
「私、ホワイトと話してみるよ。話して…もう一度、考えてみる」
 月明かりが照らしだす真っ白な妖精の姿にしばしみとれるブラック。やがてハッと我に返ると、照れ笑いを浮かべてまたも頭を掻いた。
「そ…そうだな。それがいいと思うよ」
 そう言いながらそそくさと後ずさり始める。
「それじゃ…俺は、これで」
「あ…」と、智美は呼び止めようとした手をふと止めた。
「いっか…。何かずいぶん気持ちが楽になったし」
(それに、これ以上ブラックに踏み込んでもどうにもならないものね)
「………」急に、智美の表情から笑顔が消える。
(だって、あなた( わたし )はテラと…!)
「やめて!」耳を押さえて小さく叫ぶ智美。
 …十五夜の月明かりが草むらに智美の長い影を落とす。…まるで、もう一人の自分のように…。
(…なぜ、貴女はムチャな選択ばかりしようとするの?私には自虐行為にしか見えないわ)
「…あなたは確かに論理的よね。けど…私にはとてもついていけない」
(なぜ?)
「……ホワイト…あなたの闘う理由は何?」
 智美の問いに、ホワイトが打てば響くが如く即応する。
(もちろん、ザンベとグルザーを…)
「どうして倒すの?何の為?その理由は!?
!?)予想もしなかった踏み込みに戸惑うホワイト。
(智美…何が言いたいの!?
「私は…」智美は自分で自分に語るように、自分を確かめるように一言一言を紡ぎだす。「私が闘うのは、大切な誰かを『守る』ため…。勝つとか、負けるとか…そういう事じゃないの」
(……)しばらく沈黙するホワイト。しかし彼女に迷いはない。
(…それでもやはり、勝たねば何の意味もないわ。『勝つ』ために戦うのではなくても、『守る』ためには勝たなければならない。これは言い訳の通じることじゃないのよ。それを忘れないでおいて)
 再び内に消えるホワイト。
「……」その場に立ち尽くす智美。
「…あなたが守っているのは、『正義』とか、『秩序』とか…きっとそういうものなんでしょうね」
 …いや、どちらも守っているのは「自分」なのかも…
 …勝つとか…。負けるとか…。
 先程のブラックの言葉が心にこだまする。
 地上を覆い尽くす虫の音の中、月は彼女を照らし続けた。


 
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