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第85話 さようならホワイト 最後の活躍 1989年11月4日放映
…誰にも止められなかった筈の『女王』は、しかし七日七晩の後に自らその活動を停めた。直ちに教団によって鋼鉄の包帯で全身を拘束され、急拵えの特別格納庫の中に固定される。あまりに巨大過ぎて既成の建物では間に合わず、巨大天幕の中に鉄骨の足場を張り巡らせたものだ。
そこで医療班が足の裏にこびり付いていたザンベの遺骸を司法解剖し、なんと既に死後一週間が経過している事が判明した。 …つまり、彼は最初の一踏みでもう死んでいたのである。 この男、死してなお七日七晩悶え続けていたのだ…! 天晴、と国中が感嘆した。 その翌日、SM教会水戸総本山に於いてザンベの教団葬がしめやかに取り行なわれた。それはかつて教祖の一人であった者の葬儀としてはあまりに小さな規模だった。パイプオルガンの音色と、死者を送る数多のムチの響き、そして数人の信者のすすり泣く声の中、SM神父が厳かに弔辞を読み上げる。 …その中で一人、呆然としている者がいた。マチだ。彼女にはザンベが死んだ、という事実がまだよく飲み込めていないのだ。自身の弔辞も終わり、花を手向ける段になって突如半狂乱になり泣き叫ぶ。 …ようやく、飲み込めたのだった。 葬儀が終わった後も、マチは誰も居ない教会の中で一人ザンベの棺にもたれ、泣き崩れ続けた。 …失ってみて初めて分かった。SとMはあくまで互いに必要とし、されあっているものなのだ。決してSが一方的に与えているのではない。Sもまた、心の隙間をMに埋めてもらっているのだ。 それを一元統治などという言葉を掲げ、多数のMを一握りのSで完全に支配しようなどと…!…私のしようとしていた事は、単なる恐怖政治とどこが違っていたというのだろうか!? 格納庫では女王の設計者でもあるローズの総指揮の元、総メンテナンスが行なわれていた。一万年の間にたまったサビや汚れを落とし、不具合の出ている部品を換装するが基本的にはほとんど何の問題もない。その作業の中で、エネルギー系統の流れに不自然な点があるのに気付くマシーン。ローズにその事を指摘するが、彼女はそのまま作業を続けるように指示をする。 帝「聞いているのか!ロー…!?」 その言葉を制するローズの手には、何かのスイッチが握られていた。 ロ「…ウルサイね…!爆破されたくなければ黙ってな!!」 帝「何…ッ!?」 ロ「フフ…アンタの中の自爆装置にチョイと細工をしたのさ!こないだ自爆命令を解除した時に…ね。システム基幹部と二重三重に絡めたから、ちょっとやそっとじゃ外せやしないよ?さあ…判ったら黙ってアタシに従うんだ!!」 帝「クッ……わかった、従おう…」 マチが本部ビルに戻って来たのはもう真夜中になってからだった。残っていた社員達はみな口々に、 「マチ様はもう立直れないのではないか?」 「…そもそも、片側を欠いたままでSM教団は成立するのか…!?」 などと噂し合っていたので、マチの思いもかけない立ち直りぶりには少々驚いた。そしてその教祖の口から驚くべき命令が発せられる。 「ザンベを…魔王の魂をサルベージせよ!!これは最優先事項である!!教団の全力をもってあたれ!!!!」 格納庫でその通達を聞いたマシーンは一瞬苦い顔をする。が…すぐに何事もなかったように作業に戻った。 部下「で…どうします?ホントに変更するんですか?」 帝「…ああ、全てこの図面通りに変えてくれ。操作性が上がる筈だ」 ローズはその時そこに居なかった。彼女はこの一週間、しょっちゅう持ち場を離れてどこかへ姿を消していた。 ローズは森の中に自分の小屋を持っている。そして今、そこにはテラが監禁されていた。一週間前、アロハ一同は千波湖から各自バラバラに逃げたのだが、深手を負っていたテラだけは逃げ切れなかったのだ。 壁に鎖で縛り付けられ、ローズにいいように嬲られるテラ。 ロ「…さァ、どうなんだいテラ…悪い話じゃないだろう!?智美の血清が欲しければ、私の物に…私の忠実な下僕になるんだ!!!!」 テラは苦悩し…やがて…目を伏せ、呟くように承諾した。 「…わ……わかった…」 「………ッ!!!!」逆上してさらに鞭を打つローズ! 「…なんだいその目は!!そいつは何か…何か別のものを見ている目だ!! …私を見ろ!!私に絶対服従を誓うんだよ!!…他のものなんか、目に入らないようにしてやる!!テラ!!テラ!!…テラァ!!!!」 激しく、容赦なく、たっぷりと苛め責め上げるローズ。 部下と交代したあと廊下で壁にもたれ、熟れた身体を抱えて震え…深く、甘い吐息を漏らす。彼女はシバきながら、何度も、何度もイッてしまっていたのだ。「フフッ…ハハハ…アハハハハハハ……!!」 狂ったように笑いながら、とめどなく涙を流すローズ。 …他に、愛の形を知らない… 二日後、マチの命令通りにザンベのサルベージ作戦が決行された。 再び降臨させる為の憑依として既にザンベの新たな身体が再生され、カプセルの中にたゆたっていた。これは細胞片とオリハルコンの代謝活性があればそう難しい事ではない。 …だが、そこに『魂』はない。魂だけは潜象世界から、パンドラの扉の向こうから連れ戻さなければならないのだ。その為に、マシーンがテラから奪った主幹装置が早速使われようとしていた。 しかしかつてのパンドラシステムを完全再現する事は、今となってはもう不可能だった。その為、以前はイデアをこちら側に「呼ぶ」事が出来たが、今やこちらからダイブして「連れて来る」しかないのだ。 ミミを乗せた女王をサポートシステムとして接続し、パンドラシステムの中央槽では、体中にコードをつないだマチが液の中に浮かぶ。 その隣では、マシーンも制御用コンピュータとしてシステムにつながっていた。 マ(…ああ、ザンベ…貴方こそMのキリスト!人々に裏切られ、世の全てのMを背負って磔刑に処された贖罪のメシア!!…ならば、あなたは復活すべきなのだわ!!そう!その時こそ神話は完成する!!SMこそが、世に未来永劫続く至高の宗教となるのよ!!!!) …そしてシステムが静かに起動する。マチの精神が身体から遊離し、女王からのエネルギーラインとリンクしてアカシックチャンネルを全開したその時…! 「…やれ!!」とマシーンにつなげたマイクに向かって囁くローズ! ガラス越しに自爆スイッチを見せられ、マシーンは予め言い渡されていた通りシステムを暴走させる!とたんにアラートで埋め尽くされるコントロールセンター!! 「紅玉宿主のメンタル迷走!!エネルギーの流入制御できません!」 「強力な内向きのベクトルが発生しています!…こッ、このままでは…マチ様の魂が 激しく悶え苦しむ女王がコントロールルームに殴りかかる!!何度も何度も拳を打ち付け、分厚い耐衝撃ガラスが砕けようとしたその時… …すんでの所で女王は完全に停止した。マチの封印が完了したのだ。 口の端をおもいきり釣り上げて、歪んだ笑みを浮かべるローズ。 ロ(…やったぞ…!!一万二千年前、女王の設計初期から仕組んでいた陰謀…私自身が女帝となる為のシステムがたった今完成した!!) マシーンもまたひそかに笑う。ローズを反逆者として処刑すれば、自分が女王のコントロールを握って新世界の統治者に…!! …ようやく開いた女王のコクピットから、ミミが転げ落ちるようによろけ出る。そこへさも大仰に駆け寄るローズ。 「おお…おお、なんて事マチ様!まさかこの小娘が貴女の生ける墓標になってしまうなんて…!」迫真の涙をみせながらミミの耳元で囁く。 「ヒヒヒ…よくやったよ!これでアタシが…」 突如何かに弾き飛ばされるローズ! ロ「…なッ!?こっ、これは…Sフィールド!?」 …明らかにミミとは表情が違う!これは… ロ「…そんなバカな…!バカなバカなバカなーッ!!」 マ「フン…どうやら他者と融合した事で、紅玉の波長が完全には私と一致しなくなってたようだよ。おかげで…意識までは封印されずにすんだ」 マシーンも横で驚愕する。そう…マチの魂は意識を保ったまま紅玉 「……!!」我に返ったローズは、研究員を蹴散らしてその場を逃げ出した。今やその身はミミとなった女帝 帝「マチ様、彼奴めは私までをも姑息な脅しで加担させようとしていたのです。どうか私に追撃の許可を!」 マ「許す…行け!」 大天幕の屋上でマシーンに追い詰められるローズ。 「ヒ、ヒヒ…おバカめ!このスイッチを忘れたのかい!?」 マシーンの爆破スイッチを押すローズ!大爆発!!「ヒャーハハハハ!まさかこんな形で使うとはね…けど、少しは気が晴れたよ!あとは…」 と…爆煙の晴れ間に、マシーンの残骸としてはあまりに毛色の違う物体が姿を現す。それは… ロ「なッ…ジャンポール!!!?」思わず駆け寄るローズ。 それは無残に焼き千切れた、愛しいぬいぐるみの頭だった! 帝「…お前が爆破したのは、それだ」 いつのまにかローズの背後に回り込んでいたマシーン。 ロ「バカな!私が組み込んだ起爆装置を…」 帝「フン、・・・・貴様の姉が組み込んだ オ リ ジ ナ ル自爆装置の方はともかく、こんな児戯にも等しきモノを私が外せぬとでも思ったか!?」 ロ「……………!!!!!!」屋上から飛び降りて逃げるローズ! それを追う戦闘社員に、マシーンはわざとぬるい追跡を命じた。 帝「…奴は追い詰めれば92%の確率で憎しみの対象、すなわちテラと智美に矛先を転嫁するだろう。問題は、マチを封印し損ねた事…。…さて、一体どうしたものかな………?」 ローズがほうほうの体で到着した時、監禁小屋はもぬけの殻になっていた。誰かに助けだされた形跡がある。おそらくあのアロハ一味だろう。 …だが抜かりはない。テラには発信機を付けてあるのだ。 「ヒヒ…あたしから逃げられると思ってるのかい!?」 反応を追って森を掻き分けるローズ。 …既に服も、マントもボロボロになっている。まだ手に持っていたジャンポールの残骸を虚ろな目で見つめる。 「……これしか…こんな物しかなかったのに…!!」 よみがえる記憶。 …ジャンポールは、元々テラが智美の一歳の誕生日に贈った物なのだ。 姉「困るわ、こんな高そうなもの…」 テ「高いなんてとんでもない!何しろ僕が手作りしたんですからね。…そうそう、名前はジャンポールっていうんですよ」 姉「…ぬいぐるみが…ジャンポールがないわ!」 ロ「アラ、だって困るって言ってたじゃない…だから捨ててあげたのよ!」 毒々しく言い放ち、嘲ら笑い、しかしその後で、自分の部屋にあるジャンポールの前で唇を噛み、すすり泣く…。 苦い、悔しい、黒い思い出。そうでもしなければ、テラとの思い出の品一つ手に入れられなかった惨めな自分…。 しかし今、私はそれすらもなくしてしまった。しかもそれを踏み躙ったのは、事もあろうに姉の作ったマシーンなのだ…! 私はいつも一番になりたかった。一番偉く、一番優れていて、一番美しく、一番敬われ、一番高貴でありたかった。でも姉には学校の成績も、研究成果も、容姿も、皆に好かれる事も、そしてテラも…何一つかなわなかった。ただ、執着心だけが勝っていた。 姉さえ居なければ…と、一体何度思ったか。だが、やっと邪魔な姉を事故に見せ掛けて殺したと思ったら、今度は姉の遺した物全てがことごとく私の邪魔をする!! マシーン……智美……ッ!! 奥久慈の深き山と森の合間、かつて智美が廃人になった三人を癒そうとキャンプを張った川原に一同は再び身を隠していた。 テラと原のダメージは深刻だった。特にテラは一応ローズに回復手術をされたものの、改相人間でなければ間違いなく死んだであろう深手をマシーンから受けているのだ。しかもその後、ローズから再び拷問に近い仕打ちを受けている。傍目には原のダメージの方が上なのだが、彼は回復の実績が違うのであまり心配はされなかった。 とはいえ、戦力は一刻も早く取り戻さねばならない。いつものカプセルで回復を図る二人。ブルーとブラックは見張りと偵察に専念していた。 …しかし智美は、もはや体調のいい時に辛うじて動けるという状態であった。そんな病状にも関わらず、彼女は必死にテラの面倒を看た。 自分が、テラをもまた確かに愛していることを思い知る智美。 …彼女にとってテラは夫であり、父であり、そして…かつての白馬の王子なのだ。「…私…一体どうしたら……!?」 「また…迷っているのね」 智「…!!!?」 はっと顔を上げると、目の前にホワイトが向かい立っていた。 …ここは・・・・あの世界ではない。既に現実と内面世界の境界すら希薄になってしまっているのだろうか。だが最早、智美にはそれを疑問に思う余力すらなかった。 白「あなたはいつでもそうして迷うのね。まるでそれが仕事のように…。貴女…本当は迷うのを愉しんでいるんじゃないの?」 智「なっ…!?わ、私は…!」思わず声を荒げてホワイトの方へ踏み出すと同時に、めまいを起こして倒れ込む智美。 そして…ようやくカプセルから出たテラの両腕にやさしく抱き止められたのだった。 (…テ、テラ…)霞む眼をテラに向ける智美。 智「テラ…よかった…!…ねえ…ホワイトは…どこに行った…の!?」 テ「…智美………!!」 薮と木々の中を夢中で駆けるローズ。反応が近い…! ああ…もうすぐだよテラ…テラあ!! ロ(夢も、野望も失った…!もう私はアンタだけでいいんだ!!…アンタさえ手に入れば……!!!!) 森が途切れ、視界が開けたそこには… 智美をやさしく抱きかかえ、その唇を自らのそれで強く、熱くふさぐテラの姿があった。 …ローズは…森から出ていく事が出来なかった。絶望に身を震わせ、渇望に身を捩らせ、そして…激しく逆上した!! 「…まただ…!!私がどうやっても手に入れられないものを、いつもあの女はたやすく手に入れる!!死んだ後も私をコケにし続ける!!」 見にくく歪んだ両の目からどろりと血の涙を流すローズ。 「殺してやる…絶対に殺してやる!マシーンがダメならせめて智美だけでも……ッ!!!!」 暗がりで一人くっくと笑うローズの貌に、どす黒い狂気の影が…! 最近めっきり早くなった日も暮れ、夕食がすんだ後の焚火を囲む一同。智美が身体を洗いに河原にいっている間に、テラが三人に打ち明ける。 「…もうこうなっては、智美をもう一度人工冬眠させるしかないと思う…」 黒「そ…そんなに悪いんですか…!?」 テ「ああ…もう一刻の猶予もない状態だ。身体だけでなく、心がもはや限界まで来ている。…一度冬眠すると、少なくとも一年は起こせなくなってしまうが…もうそんな事を言ってる場合じゃない。血清が今すぐ手に入らない限り選択の余地はないんだ。だからブラック…人工冬眠装置の場所まで案内してくれないか?」 「!!………わかり……ました」複雑な思いで承知するブラック。 原「あれ…でもなんでテラが場所を知らないんですか?…てゆーかそもそもなんで日本に…?」いきなりアトランティス日本説が浮上してくる。 テ「ああ…私が運んで来たんだ。冬眠装置も女王も、奴らが復活するまで誰にも見つかる事のないように、アトランティスから遠く離れたこの極東の地にね。だが…日本列島 それを…と言いかけてやめるテラ。 …まさかブラックが偶然捜し当て、しかも起こしてしまうとはな…。これが運命というものなのか…? 青「…テラ?」 テ「…ああ、なんでもない…では、早速明日の朝一番に出発しよう」 河辺で身体を洗い、数日分の汚れを落とす智美。星を見ながら突然喀血する。「…もう、わたしの命は長くない…!!」 水面を染める血の色が、夜のせいで黒く見える。自分の中の黒いものを見た気がした。 …ブラックは・・・あの時、自分の中の『黒』を外に追いやって白くなった内側に逃げ込んだ。 …私は『黒』を中に閉じこめ、白くなった外見に逃避したのだろうか。 …私の中の、黒いもの…。 …私にとって、理性は下心 欲望と同じものなのかもしれない。 何かをしようと思っても、理性がそれを押し退けて行動してしまう。 とめどなくあふれる理性を押さえることが出来ない。 …純粋な白は、黒と同じ。私にとっては白い闇。心が白で塗り潰されていく恐怖…。自分が…自分でなくなっていく!私にとってホワイトは… …気が付くと、目の前にまたホワイトが立っていた。 白「…今のあなたの苦しみは、あなたの不完全さ故のものなのよ…」 智「…不完全…」 白「そう…あなたはいつも…不完全なまま戦ってきた。そしてその代償に、大事なものを失い続けた。先代ブラックを、テラをも失いかけて、遂には… 智「…不完全な…私…!?」 白「そう…不完全な自分など要らない!そこにはなんの価値もない…!」 それは、智美がその生涯を通して学んだ「真実」だった。 智美の母は、智美がまだ幼いうちに死んでしまった。 …優しい母だった。いつも忙しくて疲れているのに、私の前では無理に笑顔を作っていた。それが、見ていてあまりに辛過ぎた。 自分が居るから無理をさせるのだ、と思った。母の死因が過労によるミスだという噂を聞いた事が、自責の念を更に強めた。 そして伯母に引き取られた後も、自分は要らない者だという思いは加速していった。 「なんで私が…」「この厄介者!」「見るだけで癇に障る…!」 「こいつも…とっとと死ねばいいのに!」 ひたすらそんな言葉を浴びせられ続けた。 …必死に役に立とうとすれば、かえって「人の顔色ばかり伺う、気持ち悪いガキ」だと思われた。 母に対する伯母の憎しみを、自分が見せてしまう母の面影のことを知らぬ智美は、次第に「自分はこうされるのが当然の人間だ」「悪いのは自分一人だ」と疑わぬようになっていた。 だからあの日子犬を助けたのも、別に正しい事をしようとしたのではなかった。ただ、見ていて急に胸が苦しくなって、自分でも訳が分からないうちに飛び込んでいたのだ。 それは押え込まれ続けていた「何か」がたまたまその時爆発しただけ。「助けよう」などという「考え」はこれっぽっちもなかった。 子犬に自分を重ねたのかもしれない。 こんな目にあうのは自分であるべきだと思ったのかもしれない。 ……だけどその時、「あのひと」が来た。 そして生まれて初めて、優しく頭を撫でてもらった。 はじめて、誰かに価値を認めてもらえた。 『たった一人で辛い苦しみに耐える小さな君…。その強さ、気高さを、どうか大人になっても忘れないで』 その時、初めて私は、・・それがお伽話ではないのだと知った。 本当に存在するものなのだと知った。 現実に存在していいものなのだと知った。 …自分の中にも存在し得るものなのだと知った。 ・・それは……… 生きていていい。ただ生きているだけでいい。 ただそれだけの簡単な、一番大事なことを教えてもらえないまま育ってしまった子供は、人は価値がなければ生きてはいけないと思い込む。 そして生きていることそのものが価値だと思うことが出来ない。 無価値のまま生き続けている自分を、自分自身で許す事が出来ない。 けれどもあの時、私は知ったから。 自分にも価値のあるような生き方が出来るのだ、ということを… 初めて、自分の存在に価値を見いだすことが出来たから。 だから…私は、止まらなかった。 以来、私は常に気高くあろうとし続けた。 その事がどれほど伯母の神経を逆撫でしたかは言うまでもない。 そしてより一層周囲から孤立した事も言うまでもない。 …それでも心が挫けてしまう事はもうなかった。 心が世界に冒される事がなかった。 それは、「あるべき姿」を手に入れた者の強さだった。 だが…その後の世界の流れは私にとって余りに壮絶すぎた。 魔王の誕生、裏切り、戦乱。犠牲者… 改相、巨神、出会い、別れ、そして… そして…… 失ったものが余りに多すぎた。背負ったものが余りに重すぎた。 …・・・その時、私達は二つに分かれた。余りに取り返しのつかない罪の重さに壊されて最初の私は死に、二つの新しい私が生まれた。 智「ホワイト…私、今、分かったわ。あなたと、私が分かれたわけが…!」 白「…それは、ブラックが黒柱化したから」 智「何故あなたが著しく論理に偏った存在なのかが…!」 白「それは、ザンベやマチと戦うため…」 智「違うわ、そんな事は関係ない……なぜならあの時、全ての戦いは一度終わっていたのだから…!!」 白「…!?」 …確かにあの時ザンベとマチは既に封印され、マシーン達も死んだと思われていた…! 智「私はいつも純粋になりたかった。純粋に気高く、聡明で、クリアで揺るがない、濁りなき存在、完成されたものになりたかった!…でも、それはもう無理なのだとあの時分かった。だからそれまでの私は死に、かわりにあなた…『ホワイト』が生まれたのよ!!」 白「…智…美……!?」 ・・・・ホワイトのマスクにヒビが入り、その半分が砕け落ちる。 そこからのぞいた顔は、智美そのものの顔であった。 智「…それは喉から手が出るほど望んだ、完璧な心。何者にも乱されず、何者にも冒されない強い心…だけどこうなった今、分かったわ。人は、心は、それ・・だけの存在にはなれない。結局…・私という不完全な人格がもう一人生まれてしまった。あなた自体は完全でも、あなただけでは『心』として不完全なのよ!」 ホワイトのマスクのもう半分がさらに砕ける。 「…だけど…だけど気を悪くしないでね。…あなたは、私の憧れだったのよ。決して壊れない、決して汚れない、決して辛くなったり、逃げたりしない…いつも強さと気高さを失わず、醜さのカケラも持たない理想の人……『ホワイト』、それがあなたなの」 …それは、あの日テラからかけてもらった優しい言葉。 その後の智美が生涯を通してなろうと憧れ続けた、その理想… 「…………」仮面の最後の一枚がはがれ落ち、ホワイトが何かを言おうとした…まさに、その時。 「…喰らええェェ!!!!」 智「!!!?」 突如その背後からローズのナイフ攻撃が!!辛うじて避けるが既に足元がおぼつかない。 ロ「まだ生きてるのか!まだ死なないのか、小娘が!!まだそうやってテラをかどわかそうって言うのかい、この売女め!!…お前は、お前だけは絶対生かしておくものかあっ!!」 もはやなりふり構わず止めを刺しにくるローズ。 ロ「殺す…!!お前を殺して、お前の思い出を持つ者も殺す!!全て!!」 「……!!!!」その瞬間、キャンプに居るテラ、ブラック、ブルー、原…そしてミミの事が智美の脳裏をかすめた。 パチリ、と爆ぜた焚火を眺め、テラは遥かな過去に想いを馳せた。 智美は…理不尽なまでに幸薄い生を生き続けてきた。母親が…先輩がまだ生きていた時でさえ、先輩が仕事に没頭していた為に、智美にはほとんど母親との思い出がないのだ。 余りのことに、テラが見兼ねてこう言ったことがある。 テ「その仕事なら僕がやっておきます!だから…先輩は少しでもお子さんの所へ帰ってあげて下さい!」 しかし、彼女は少し疲れの混じった笑顔を見せて首を振った。 「大丈夫よ…あの子は、しっかりした娘だから」 「でも…」 「それに…一緒に居ると、私の方があの子に甘えてしまうもの」 きょとんとするテラに、彼女は言葉を続けた。 「本当に…可愛くて可愛くて仕方がないの!…もう文字通り、目の中に入れても全然痛くないくらい!私がとろけちゃうくらいにね!」 そう言って目を細める彼女の横顔はこの世で一番美しかった。 …しかし次の瞬間、きゅっと口元を引き締めた時にはそんな甘さはもう面影もなかった。 「でも…だからこそ今、あの子に甘える訳には行かないの!あの子が可愛くて仕方ないからこそ今、この『コーリング・プロジェクト』を成功させて、こんな荒廃しきった世界じゃない、もっと幸せな…よりよい世界を創らなくちゃならないのよ!!」 テ「………」気高さ…とでも言うべきなのか。 一転して凛と宣したその生きざまに、テラは二の句を告げないでいた。 「…そう自分に言い聞かせて…毎日毎日、一生懸命あの子の傍から離れて、出勤するのよ。だから、あの子…きっと私の引きつった笑顔しか見たことないかもしれないわね。私はいつも心の中で謝って…だから、だからね、プロジェクトが成功をしたその後は…絶対、あの子のそばから離れないって決めてるの。もう一日中一緒にいるわ!『私の所に生まれてきてくれてありがとう』って…『一緒に生きていてくれてありがとう』 って、もうそれだけを言いながら!」 …そう言っていた先輩は…しかしその後まもなく、死んでしまった。それも実の妹によって事故に見せ掛けられて…! だから…あの子には結局、自分の母の思い出がない。 にも関わらず、あの日ボロボロになって子犬を庇った少女は、テラにその母親の気高い心を思い起させた。 だからこそ…テラは、声をかけずにいられなかった。 そして手を差し伸べ続けずにはいられなかった。 なのに…今ではもう、再び眠りに就かせることしか出来ないなんて…! 「…私は……!」テラは、一人唇を噛み締めた。 …願わくば…次に智美が目覚めた時には、もう戦わなくて済む事を…! 智「…そんな…そんな事はさせないわ!」 智美は戦っていた。死力を振り絞り、よろめく足でなおも立ち上がろうともがいていた。 今…私が戦わなければ皆は…!! 智「お願い…お願いホワイト!今だけでいい、力を貸して…!!私…私は …!!」 白(…・・・・守りたいのね…例え自分の命はどうなろうと…!) 智「…!?」目の前にひざまずいたホワイトが、智美の肩に手を置き、その瞳を覗き込む。 白「…思い出したわ…・私は…『理想の人間』になる事を欲した。…だからこそ…弱くてもろい感情 ホワイトが手を貸し、智美が立つのを助ける。 白「・・・あなたが…・私が目指した『気高さ』は、本当は自分の中の『弱い心』を認めてなお逃げずに立ち向かい続けることだったんだわ…!!」 智「…ホワイト…!!」 白「…私も今までそこから逃げ続けていたんだわ。だから…!」 二人の智美が手をとり、互いに頬をよせあう。 智白「・・私達は、一緒でなくちゃいけなかったのよ!!!!」 今、永きにわたって二つに分かたれていたものがようやく一つに… 一つの『想い そして一人の『智美 ロ「な…貴様、まだ立ち上がる力が残ってるのかい!?」 瞠目するローズの眼前、残りの力を振り絞って踏張り、両手を目の前にかかげる『智美』! 「「変身!! …光の中から戦士が現れる。冷徹なまでの鮮烈な白き姿に、熱き心を秘めた真の戦士の姿が…! 『…アロハ・ホワイト見参!!!!』 「ヒャヒャヒャおバカめ!その身体で戦えると…何!?」 嘲るローズの回りを高速旋回し始めるアロハホワイト!それだけの力を残していた事に驚愕するローズ。その目に映る残像の数は…明らかに一人のものを超えていた! …心が一つになった事で、逆に身体を分身 「バ、バカな…!そんな大技を使う力がまだ!?」 速度を上げていく双渦の檻からはもはや何者も逃れられない! 『…「私達」はずっと守りたかった…!!「守るに足るもの」…「守るに足る自分」と、「守るに足る世界」を!!!!』 「ギャアアアアアアアアァ!!!!!!」 一瞬、キャンプの方角をふりかえる智美。 (ブラック…テラ!…みんな…!!) ごめんなさい…だけど、もう誰一人として殺させない!! そう…私は『守る』ためにアロハマンになったのだから…!!!! 『…アロハ・サイクロォォォォーーーーーーンンッッ!!!!!!』 その瞬間、巨大な電撃の渦が水戸の天空を貫いた! 光に気付いて駆け付けた四人が見たのは、焼けただれた木々と、その真ん中で黒焦げになって倒れているホワイトとローズだった。 「とッ…智美!!」「智美ィィーーーーッッ!!!!!!!!」 絶叫しながら駆け寄るテラとブラック。息も絶え絶えでしゃべるホワイトをゆっくりと抱える。 「わ…私は…大丈…それ…よ…」 突然悶えるホワイト。 「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」 黒「とっ、智美ーッ!!!?」 テ「いかん!早く皆のスーツを!!」 三人のスーツを被せるテラ。 黒「い…一体どうしてこんな事に…!?」 テ「…『アロハサイクロン』だ…」 黒「…サイク…ロン…!?」 テ「サイクロンは『陽子体』と『電子体』に分身して敵のまわりを回転し、高圧電渦を生み出す技…!アロハスーツの超治癒力というバックアップがあって初めて出来る危険な大技だ!!…だが、今の弱った智美の身体でそんな事をすれば……!!!!」 黒「…そんな…!!」 テ「…とにかく、カプセルまで運……!?」 その眼前に、なおも立ちはだかるローズが!! 「何…っ!?」「ば、馬鹿な!!」と硬直するテラ、ブラック。 マントについた火を消そうともしないローズ。 ロ「フフフ…あたしに火を着けたようだね…」 …ここまで彼女を突き動かすのは狂気か、それとも執念か!?その怨念を感じ取ったのか、智美も身じろぎする。 ロ「智美を救けたいかい…?ムダだね…もう毒は完全に回っている。血清はあたしの中さ…そう、あたしの体内にはあたしの作った毒全ての抗体がある!」 今や全身に火が回っているローズ! ロ「燃えろ!いい女!!」 ズタボロのマントをバッと跳ね上げると、胴に巻かれたダイナマイトにも火が着いていた! ロ「テラ…あたしと一緒に!!」 道連れにしようと、テラに向かって飛び掛かる! ロ「食らえェ!セクシー★ダイナマイトォォ〜〜ッッ!!!!」 しかも50才…とツッコミを入れる間もなく爆発!!と… テ「な……!!!?」…その瞬間、瀕死の智美がみんなをかばってローズに抱きつき、河の中へローズもろとも飛び込んだ!!!! 黒「………!!!!!!」 叫ぶいとまもなく、爆音と共に巨大な水柱が天へ向かって立ち上った!! 黒「とッ…智美ーーーーーーっっっ!!!!!!」 ……………………………………………………………… 『たった一人で辛い苦しみに耐える小さな君…。その強さ、気高さを、どうか大人になっても忘れないで』 ……………………………………………………………… 空中で崩れた水柱が、瀑布のように皆の体を叩きつける。……けれどもその場に立ち尽くす四人は、そんなものがあったことすら気付いていなかった。 …そして気付くと…ブラックの足元に…… ただ、ホワイトの壊れたメットだけが転がっていた。 「…と…智美…智美ィィーーーーーーッッ!!!!!!」 ようやく作り終わったばかりの智美の墓を前にして、智美がついに語る事のなかった過去の全てを三人に語るテラ。生い立ち、ホワイトになった理由、背負わされた宿命、そして先代ブラックとの因縁を…。 ブラックはただただ、伏して慟哭した。 なんとかフォローを入れようとするブルーと原。 「…あまり自分を責めるなよ、ブラック。前世の事なんだし、お前のせいじゃ…」 黒「…そんなんじゃねえ!!」 ブラックはあふれる涙にむせびながらうめいた。 黒「…こんなのって…こんなのってないよ…!!!!」 テラが天を仰いだまま言う。 「…これで…これでよかったんだ。智美は……」 「貴様ァーっ!!」とテラを殴るブラック。無抵抗でふっ飛ばされるテラに尚も飛びかかり、胸ぐらを掴んでハッとする。テラも…泣いていた。 テ「わ…私は先輩を救えなかった…そして智美も… 私は…私は……!!」 がっくりと膝を付くブラック。 「うわあああああああああぁぁーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!!!」 絶叫。 |
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